楽天の携帯キャリア参入は苦難の道。「楽天経済圏」の野望とは?

楽天(4755)が携帯キャリア事業に本格的に参入することを発表しました。実現すれば、NTTドコモ(9437)、KDDI(2812)、ソフトバンクグループ(9984)に次ぐ第4のキャリアということになります。

携帯キャリア参入の発表を受け株価は約10%下落

このニュースを市場は必ずしも前向きに受け取ってはいません。楽天の株価は発表後約10%下落し、年初来安値を更新しました。キャリア事業に参入するには基地局に多額の投資が必要となるため、投資家は負担増を懸念しています。楽天自身も新規に最大6,000億円の資金調達が必要としています。

すでに「楽天モバイル」として携帯電話事業に参入していますが、これはMVNOと呼ばれる大手キャリアから回線を借りているものにすぎません。キャリアに参入するということは、回線を自前で持つということであり、本格的に既存のキャリアと対峙することになります。

楽天モバイルは現在MVNOでは首位の140万契約を抱え、シェアは25%にのぼります。ただし、当該事業は価格競争が激しく、簡単に利益の出るような事業ではありません。同業のフリーテルは、一定の顧客を集めていたものの経営が立ち行かずに破たんし、それを楽天モバイルが引き継いだばかりです。

MVNOは価格競争のため利益を出すのが難しいだけではなく、借りている回線はすぐにいっぱいになってしまい、顧客が増えるほど回線速度が下がるジレンマを抱えます。契約者が増えたら大手キャリアに追加料金を支払わなければならず、再び利益を圧迫する構造です。スケールメリットが働きにくく、業者としてはやっていられないでしょう。

一方で、大手キャリアはこれまで甘い汁を吸い続けてきました。かつてはソフトバンクの参入で価格競争も見られましたが、最新の4G回線に切り替わる頃には各社とも基地局への投資が終了し、スマートフォンへの移行とともに料金を引き上げ、いまや黙っていてもじゃぶじゃぶお金が入ってくる状況だったのです。

そこに楽天も参入すれば甘い汁を吸えるかというと、そんなに簡単なものでもありません。これから新規の顧客を獲得するには間違いなく価格を下げなければなりませんし、一方では巨額投資が必要ですから、少なくとも最初の数年間は大きな赤字を覚悟しなければならないでしょう。もちろん、それでも成功する保証はありません。

とはいえ、MVNOとして生き残っても薄利のままで、伸ばせる契約者数には限界があります。状況を打破するためにあえて業績悪化のリスクを負って新規事業への進出を決断したのでしょう。

キャリア参入の本当の目的は「楽天経済圏」の拡大

楽天と言えば、まずインターネットモールの「楽天市場」があります。そこに「楽天トラベル」などのインターネットサービスや楽天銀行・楽天証券・楽天カードなどの金融サービスが付属しています。

楽天市場は今でもメインの事業ではありますが、必ずしも順風とは言えません。取扱金額こそ増えているものの、Amazonの方が明らかに勢いがあります。実際に、Amazonの品揃えが以前よりも充実し、あえて楽天のごちゃごちゃしたページを見なくてもAmazonで買ってしまえば十分なのです。

追い打ちをかけたのが、ヤフーの攻勢です。ヤフーも楽天市場と同じように「Yahoo!ショッピング」を有しますが。そこのモール出店料を無料にしたのです。さらに、ヤフーが導入したTポイントをユーザーに大量に付与しました。これは明らかに「楽天潰し」と見られます。

楽天も黙っているわけにはいきません。出店料こそ維持しましたが、「楽天スーパーポイント」を5倍・6倍・7倍とどんどん付与するようになりました。楽天カードでの購入や銀行・証券口座保有者、楽天モバイル契約者にはより高いポイントが付く設定にしました。

しかし、ポイントを大量に付与するということは、それだけ利益率が低下するということです。ポイントの付与率を上げてから、楽天市場の利益は明らかに低下しています。取扱金額が増えても、ポイントの負担が利益を押し下げているのです。

一方で、業績を支えているのがカード・銀行・証券などの金融事業です。ポイントアップや業界最低水準の金利・手数料を目当てに既存の業者からの客を奪っています。ネット専業の低コスト運営のため、それでも十分な利益を確保でき、昨年度の利益額では楽天市場などのインターネットサービスを上回りました。

カードや口座があれば、ポイントが獲得しやすいことから、まめな人ほど楽天のサービスから離れられなくなるでしょう。それを顧客獲得の「エサ」にして、旧来の競合他社の旨味を吸い取るのが大上段の戦略と言えます。つまり、ポイントにより自社のサービスに顧客呼び込む「楽天経済圏」を拡大しようとしているのです。

携帯キャリア参入の意図は、まさにこの楽天経済圏の拡大にあります。携帯はいまや生活の中心と言っても過言ではなく、生活費の高い割合を占めています。そこを自社に取り込めば、より広くかつ強力に顧客を取り込むことができると考えたのです。

自前で回線を持つことで1,500万人の契約者獲得を目指すとしています。1,500万人のヘビーユーザーを他の様々なサービスに呼び込むことで事業の拡大を行おうとしているのです。

携帯キャリア参入は二重に利益を圧迫

楽天経済圏の拡大が携帯キャリア参入の目的だとするなら、私は投資に見合うリターンを得られるかどうか疑問です。システム投資だけで良い銀行や証券とは異なり、携帯キャリアは基地局や販売店などの莫大な投資を必要とします。ソフトバンクですら、ボーダフォンの買収によりようやく参入できた事業です。

価格は既存キャリアよりも引き下げなければならず、そこにポイントも付与するとなるとますます楽天市場の利益を圧迫するでしょう。設備投資とあわせて二重に利益を圧迫し、一体どこでリターンを得られるか、少なくとも現時点において想像ができません。

順調な金融事業や事業拡大により、この先も成長が見込まれる会社です。しかし、楽天市場はライバルの攻勢が激しく、苦戦しています。金融事業も、マーケット状況により収益が大きく増減するため、決して安泰ではありません。

そこへ、数兆円にのぼる巨額投資を行わなければならないとすると、リスクは決して小さくありません。2019年中の事業開始を目指しているということですが、それまでは巨額投資の懸念が常につきまとい、株価に蓋をする可能性があります。

楽天スーパーポイントを基軸とする「楽天経済圏」は非常に面白いものがあります。しかし、その根本はポイントによる割引率や商品価格の安さに繋ぎ止められているものであり、価格競争に巻き込まれやすいものと考えられます。

携帯キャリアに進出した先の展開は、もしかしたら経営陣には見えているかも知れませんが、少なくとも私には利益が増えるイメージが湧いていません。今後の状況を注視していきたいと思います。

※本レポートは会員向けレポートの一部を抜粋、編集したものです。

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執筆者

執筆者:栫井 駿介

栫井 駿介(かこい しゅんすけ)

つばめ投資顧問 代表
株式投資アドバイザー、証券アナリスト
ビジネス・ブレークスルー(株)「株式・資産形成実践講座」講師

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