騒動の発端は2016年に遡る
紅麹は米などで紅麹菌を繁殖・発酵させたもので赤い色をしています。コレステロールの抑制作用や血圧低下、リフレッシュ効果に加え、赤い色素成分にも抗酸化作用があるとされています。
出典:小林製薬 紅麹の成分と作用
紅麹事業は2016年にグンセ株式会社から譲り受けたものです。そして「紅麹コレステヘルプ」を発売したのは2021年でした。
科学的根拠を基に商品パッケージに機能性を表示するものとして、消費者庁に届け出られた食品であるものを機能性表示食品と言います。この制度が発足以来、初めて紅麴由来の成分を関与成分として表示したものが、紅麹コレステヘルプです。
しかし、2024年3月22日にこのサプリを摂取した40〜70代の男女13人から、腎疾患などの報告が出ていると発表されました。24年3月29日時点で、5人が死亡、のべ93人が入院していたことがわかっています。
3月26日には、台湾当局が小林製薬の原料を輸入していた4社などに向けて、紅麹の回収指示を出すなど海外にも影響が広がっています。
小林製薬は自主回収を実施、製品を使用しないよう呼びかけており、約30万袋の自主回収などに約18億円を充て、補償を含めた対応も検討している段階です。
また、よくない事に紅麹原料の生産の8割は他社に販売していました。この影響を受けて、宝酒造では紅麹を使ったスパークリング日本酒、松竹梅白壁蔵「澪PREMIUM」の自主回収を発表するなど、業界全体に騒動が波及しています。
3月22日の翌営業日の株価はストップ安です。29日(金)にかけても同じ水準で推移しています。この問題は、株価にも悪影響を与えています。
出典:株探
これが、ここまでの騒動の大まかな流れです。
良い対応:ジョンソン&ジョンソンのタイレノール事件
過去の医薬品関連の健康被害問題で、最も優れた対応を行ったのは、アメリカのヘルスケアメーカー、ジョンソン&ジョンソン(以下、J&J)ではないでしょうか?
その健康被害問題とは、1982年に発生したタイレノール事件です。J&Jが製造したアメリカトップシェアの解熱鎮痛剤であるタイレノールを服用した人が、相次いで死亡したのです。
この事件を受けて、J&Jはマスコミを使って積極的に情報公開を行いました。例えば新聞の一面広告や全米85%の世帯が2.5回みた計算になるほど大量のTV放送などの対策を講じました。
また、開発製造に関わる部門やラインを国家の検査機関に全面委託し、その製法の秘密やその他企業機密のすべてを公開するに等しい決定を下します。
結果的に第三者によって毒が混入されたことが判明、本件は薬害ではなく殺人事件であったとされています。
その後、J&Jは自社の商品の安全性を説明するために、営業部隊は消費者や医師に向けてのプレゼンテーションを行いました。なんとその回数は計100万回以上にも登り、その誠実な対応をアメリカ全土に見せつけるかのように次々と施していったのです
全面的に捜査へ協力する姿勢、消費者を守るためのスピーディな行動、事件発覚後のフォロー活動が実り、事件から2ヶ月後1982年12月には、なんと事件前の売上の80%にまで回復したのです。
悪い対応:雪印乳業の食中毒事件
一方で、2000年に発生した雪印乳業食中毒事件は悪いケースとして取り上げるべきでしょう。
同年3月、雪印の北海道工場において停電が発生し、工場内の脱脂粉乳の温度が上昇したことによって、病原性黄色ブドウ球菌が増殖。本来は廃棄すべきものでしたが、製造課長は叱責を恐れてこれを隠し、それを出荷しました。
この汚染された脱脂粉乳を使った商品が近畿地方を中心に販売され、食中毒など様々な被害が13,420人に及び、戦後最大の食中毒事件となりました。
更にまずかったのが、その後の対応です。当時の社長の石川氏は、「黄色人種には牛乳を飲んで具合が悪くなる人間が一定数いる」など場当たり的な説明が目立ちました。
最も有名な話は、記者会見の延長を要望したことに対し「そんなこと言ったってねぇ、わたしは寝ていないんだよ!」と発言。この会話がマスメディアで広く配信されたことから、世論の批判を浴び、雪印のブランドは失墜しました。
その後も牛肉偽装事件などの不祥事もあり、企業の解体・再編まで追い込まれることになります。
(2011年、雪印乳業は日本ミルクコミュニティと親会社である雪印メグミルクに吸収され消滅)
これらのケースを見て言えることは「小林製薬の紅麹問題が起こってしまったことは変えられない。いかに誠実に捜査に協し、記者会見などの対応を行うか?」これが小林製薬の今後を考える上での大きなポイントになりそうです。
そもそも小林製薬はどんな企業?
まずは業績を確認してみましょう。
売上は拡大しているものの、利益は横ばいに推移しています。
出典:決算短信より作成
利益をもう少し細かくみてます。
地域セグメントごとの利益推移を見ると、主戦場が日本であり、近年は海外も伸びてきていることが分かります。しかし、国内における利益は緩やかな右肩下がりです。これが、利益成長が弱い要因であると言えるでしょう。
出典:決算短信より作成
そもそもの経営戦略は….微妙?
小林製薬は、家庭向けのヘルスケア用品や衛生用品を製造販売する日用品メーカーです。
戦略は分かりやすく「ニッチトップ戦略」と言えるでしょう。今回の騒動の紅麹サプリもそうですが、「アイボン」「ブルーレット」「命の母」など競合が少ない商品を販売しています。
そういったニッチな商品のネーミングを工夫し、TVCM等を活用したマーケティングを行いながら、売上を上げている企業と言えるでしょう。個人的には、商品名を聞いて、どんな商品かわかる点で、マーケティングが上手な会社だという印象を持ちます。
2023年から25年にかけての中期経営計画で、最も具体的な戦略は海外の強化です。組織改編を行い商品開発を加速させる動きも出ています。
小林製薬は160前後の商品を販売していますが、すでに国内売上を上回る商品も出てきています。
しかし、先に述べた通り小林製薬の主戦場は日本です。中期経営計画を見ると、2025年までの期間において、国内市場での成長は限られる見込みです。
具体的にはインバウンド(海外からの観光客需要)を含まない場合、営業利益の年間平均成長率は0.1%以上と予測されています。一方でインバウンドが順調に回復すると仮定したとしても、その年間平均成長率は1.12%です。
したがって、ある程度海外事業が成長したとしても、国内市場の縮小や、高止まりする原材料高の影響を回収するほどのインパクトは無い、と判断できるでしょう。
そして、騒動後に株価が暴落しましたが、それでも配当利回りは約2.1%です。配当株投資をするにしてもやや物足りない印象です。
小林製薬に投資するべきか?
正直に申し上げるのであれば、騒動が無かったとしても成長力の観点で魅力があるとは考えづらい企業です。
保守的な目標を掲げている可能性もありますが、実際に国内事業は縮小傾向であることを考えると、「良くて現状維持をする企業」というイメージを持ちます。
このような状態で、今回の騒動のネガティブサプライズが発生しました。
回収している商品は、157商品中の数商品かもしれませんが、この商品を口にして(因果関係は調査中のようですが)亡くなってしまった方が日に日に増えていること、紅麹が50社以上に供給されているなど、被害の全容が見えません。
これらが業績に与える影響は、今の段階では全く見えない状態です。
出典:小林製薬 紅麹関連製品の使用中止のお願いと自主回収のお知らせ(第5報)
何よりも、小林製薬の重要な市場である日本において、商品の品質・管理・開発において信頼やブランド力が低下したと言えるでしょう。
ここから事態が好転するのであれば、「健康被害が紅麹によるものでは無かった」とされることだと思います。しかし、問題発覚から発表までは2ヶ月かかったことを踏まえると「やっぱり間違っていました」となるケースは考えづらいでしょう。
3月29日時点のPERは約18倍です。過去10年間の平均PERは約30倍ですから、割安と言えば割安です。しかし、この紅麹問題と今後の成長力の弱さを織り込むと、なかなか投資対象とは考えづらいと思います。
しかしJ&Jのように、不祥事と誠実に向き合い企業ブランドを逆に向上させた企業があることも確かです。
今現在魅力的な投資機会とは考えづらいですが、小林製薬には誠実な対応を期待し、事業成長に向けた取り組みをしっかり行えるようになることを期待したいものです。
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執筆者
佐々木 悠(ささき はるか)
つばめ投資顧問 アナリスト 1級ファイナンシャル・プランニング技能士
東北学院高校、東京理科大学経営学部卒業。
協同組織金融機関へ入社後、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。
銀行勤務時は投資信託を用いた資産形成提案や多重債務者への債務整理業務に従事。
2022年につばめ投資顧問へ入社。
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まあ将来性がある訳でも無いので長期目的で買う理由はありませんね
まだ暫くはこの問題が収まる気配も無いですし
コメントありがとうございます。そうですね、まずはこの現状の問題の落ちつきを待ちたいと思います
不祥事をきっかけにして株価は一様下がりましたが 成長性が弱いのにもかかわらず 下値では頑強に値を保っているのはなぜですか
コメントありがとうございます。
株価の動きについて、確証を持って理由付けすることは難しいのですが、一時的に悪材料が出尽くしたという見方はできるかもしれません。とはいえ、まだまだ本件は全容が把握できませんし、同社のブランドを大きく傷つけた案件です。引き続き情報のアップデートを持って株価を見るべきだと思います