今回は、株式会社オルツという会社が粉飾決算の疑いで、証券取引等監視委員会の調査を受けているという話題を取り上げます。
オルツ社は昨年10月に上場したばかりの新しい会社ですが、上場直後にこのような事態となり、大きな影響が出ています。特に、上場直後で話題になったこともあり、購入してしまった個人投資家も少なくないのではないかと考えられます。
なぜこのような事態が起きてしまったのか、そして個人投資家が今後このような問題に巻き込まれないためには、どういった点に注目すべきか を詳しく解説していきます。
目次
株式会社オルツとは?主要サービス「AI議事録」に疑惑
まず、オルツ社がどのようなビジネスを行っていたとされているのかを見てみましょう。オルツ社の売上の大半を占めているのが、「AI議事録」というサービスです。これは、音声認識技術を用いて、ウェブ会議などの議事録作成を自動で行うサービスと説明されています。
その特徴としては、金融、医療、製薬、化学など、業界・業種に特化した高い精度の音声認識ができると謳われています。専門用語なども正確に認識し、議事録として適切に文字化できる点が強みだとされています。
しかし、今ではZoomやGoogle Meetなどにも同様の議事録機能はすでに搭載されており、このAI議事録サービスが本当に高い利便性を持っているのかは疑問です。
粉飾決算疑惑の具体的な内容とは?巧妙な売上計上スキームの疑い
今回問題となっているのは、この「AI議事録」の有料アカウントが実際には利用されていないにも関わらず、売上が計上されている可能性が認められた、という点です。この疑惑により、オルツ社は2025年12月期第1四半期決算の発表を遅らせるというリリースを出しました。決算の延期は、投資家から見れば非常に懸念すべき事態です。
この売上計上の仕組みには、ジークスという会社が深く関わっていたと見られています。オルツ社の売上高約60億円のうち、約50%がこのジークスに対する売上となっていました。ジークス社は、AI議事録の販売会社、販売代理店として報告されています。
疑われている具体的な取引内容は、以下のような巧妙なスキームです。
1.オルツ社がジークス社に広告宣伝費として約42億円を支払う。
2.ジークス社がその一部である約32億円を、オルツ社に有料アカウントの購入という形で戻す。
この取引により、実際には商品は誰も使っておらず、売れていない にも関わらず、このお金のやり取りによって、オルツ社は約32億円の売上を計上したように見せかけることができた、という実態が疑われています。これにより、オルツ社は売上高のグラフを上げていくことができたと考えられます。
オルツ社は赤字で上場しており、ベンチャー企業にとって売上増加は非常に重要視されるため、このような方法で売上を見せかけていた可能性があります。これは、本来あるべき姿ではない形で売上を立てていた、ということになります。
高い評価を受けていたオルツ社:輝かしい実績の裏側
オルツ社は2014年に設立され、音声クローン生成などのAI研究を行ってきました。過去には、ジャフコ(2016年)やSBIインベストメント(2019年)といった有力なベンチャーキャピタルから多額の資金調達を行っており、ベンチャー企業としては高い評価を得ていたと考えられます。これだけの金額をベンチャーキャピタルから調達できたことは、評判の良い企業だった証拠かもしれません。
また、様々な権威ある表彰も受けています。
2017年には、EY Innovative Startupに選出。過去にはベースフードやスペースマーケットといった著名な企業も表彰されています。
2018年には、経済産業省のJ-Startupにも表彰。ここにはタイミー、スマートHR、Sansan、ビズリーチ、マネーフォワード、メルカリ、ユーグレナといった、多くの著名な上場企業や成長企業が含まれています。クラウドワークスやラクスルといった上場企業も選出されています。
これらの受賞歴は、オルツ社が高い評価を得ていた背景にあると見られています。しかし、このような輝かしい実績の裏で、実態が伴わない取引が行われていた可能性があるというのは、非常に大きな問題です。
なぜ粉飾の可能性は見抜けなかったのか?上場プロセスとチェック体制への疑問
オルツ社は、ベンチャーキャピタルからの出資、各種アワードでの受賞を経て、上場を果たしました。通常、IPO(新規上場)の際には、監査法人、主幹事証券会社、そして東証が厳しい審査を行うとされています。しかし、今回のケースでは、なぜ粉飾の可能性が見抜けなかったのでしょうか。
【監査法人】
オルツ社の監査を担当したのは「監査法人指導」という会社でした。これは一般的にはあまり有名ではない中小監査法人という印象です。過去の実績も見てみると、上場企業の監査実績はありますが、担当社数は多くありません。中小監査法人を起用せざるを得なかった、あるいは起用した理由に何か問題があった可能性も指摘されています。デロイトとの業務提携もあったにも関わらず中小監査法人に至ったのは、何かやりたくない理由があったからかもしれない、という推測もされています。監査法人は書類を見ることはできますが、今回の件のように、実態(商品が使われているかなど)まで本当に見ていたかは疑問です。
【主幹事証券】
主幹事証券は大和証券でした。証券会社は通常、システムの実態(顧客が本当に使っているか)を確認するのは難しいという側面があります。書面やデータを信用するしかない部分もあるかもしれない、と考えられます。
【東証の上場審査】
東証の上場審査は厳しいと言われていますが、今回のオルツ社はなぜこれを通過できたのでしょうか。東証としては上場企業が多い方が利益になるという側面はあるものの、書類だけでなく、面談などで話を聞けば気づけたのではないでしょうか。J-StartupやEYのコンテスト受賞といった過去の評価が、審査におけるバイアスになった可能性も指摘されていますが、「じゃあしょうがない」ということにはなりません。権威ある賞を受賞しているからといって、審査を甘く見るべきではない、ということです。
今回、監視委が入ったのは、おそらく内部告発があったからではないかと言われています。もし内部告発があったとすれば、社員は実態を知っていた可能性があり、ベンチャーキャピタルや主幹事証券が社員としっかりコミュニケーションを取っていれば、早期に気づけたのではないか、とも言われています。企業の実態を知ることの難しさも同時に感じます。
また、オルツ社の元内部関係者と思われる人の声として、以前から「やばいこと」が頻繁に起きていた、社長が「やばい」という証言や、上場を遂げたことに驚き、見た目を取り繕うことにかかっていると感じていた、という声もあります。決算説明資料のデザインが凝っているなど、投資家に見せる「見た目」のプレゼンがうまかった可能性はありますが、そこに騙されない見極めが重要です。プレゼンがうまいことで、コンテストやベンチャーキャピタルからの出資につながった可能性も考えられます。
個人投資家が学ぶべき教訓:どうすればリスクを見抜けるか?
今回のオルツ社のケースから、個人投資家が今後同様の事態を避けるために、何を注意すべきでしょうか。
表面的なブランドや評価に惑わされない
J-StartupやEYといった権威ある賞の受賞歴や、有力ベンチャーキャピタルからの出資は、あくまでその時点での評価であり、実態を保証するものではありません。オルツ社のように、華々しい経歴の裏で問題が起きている可能性もあります。表面的な情報だけでなく、企業の実態を自分の目で見て、納得して投資することが重要です。
ビジネスモデルの実態を確認する
AI議事録サービスのように、既存の競合サービス(Zoom, Google Meetなど)と比べて明確な優位性があるか、市場に本当に需要があるかなど、ビジネスモデルが本当に成り立っているのかを深く考える必要があります。特にAI関連分野は、GoogleのnotebookLMのように簡単なツールでも議事録化できる時代であり、大手企業も参入している”レッドオーシャン”です。差別化が難しく、多くの企業が乱立している状況です。オルツ社が謳っていた自社LLM(大規模言語モデル)についても、大手企業が多大な資金と頭脳を投入して開発している中で、新興企業がそれらに勝てるか冷静に考える必要があります。普通に考えれば、基本能力が違いすぎる中で新興企業が勝つのは難しいと思えるでしょう。このAI分野の事業環境はChatGPTの登場などで大きく変わりました。オルツは上場するなら、AIブームの今しかなかったのかもしれません。
赤字企業への投資判断は慎重に
ベンチャー企業には、Amazonのように赤字が続いても将来的に大きく成長する可能性を秘めた企業もあります。しかし、赤字である以上、ビジネスモデルや商品のクオリティ、そして経営者など、業績以外の部分でそれを補うだけの強みがあるかをより慎重に見極める必要があります。オルツ社の場合、ビジネスモデルに優位性を感じにくい、内部からは経営者に否定的な声が聞かれるなど、投資する理由が見出しにくい部分があります。
投資はリスクを伴うことを理解し、自己防衛の意識を持つ
特に若い企業や新興市場への投資は、大きなリターンが期待できる一方で、リスクも高くなります。最悪の場合、投資額がゼロになる可能性も考慮し、”なくなってもいい金額”で投資するなど、自己防衛の意識を持つことが大切です。当たるとしても3割程度、というくらいのつもりでいることも必要かもしれません。
今回のオルツ社のケースはまだ調査中であり、最終的な結論は出ていません。「本当だとすれば」という前提ですが、もし粉飾が事実であれば、上場廃止も免れないのではないか、ビジネスとしても成り立っていないのではないか、と考えられています。
私は投資を行う上で、企業の実態を知ることの重要性を感じると同時に、その難しさも実感しています。表面的な情報だけでなく、様々な角度から企業を分析し、納得した上で投資を行うようにしましょう。
執筆者

佐々木 悠(ささき はるか)
つばめ投資顧問 アナリスト 1級ファイナンシャル・プランニング技能士
東北学院高校、東京理科大学経営学部卒業。
協同組織金融機関へ入社後、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。
銀行勤務時は投資信託を用いた資産形成提案や多重債務者への債務整理業務に従事。
2022年につばめ投資顧問へ入社。
プレゼント①『株式市場の敗者になる前に読む本』
プレゼント②『企業分析による長期投資マスター講座』第一章
プレゼント③『YouTubeプレゼン資料』
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