今回は、多くの方にとって驚きだったであろう、パナソニックが1万人規模の人員削減を行うというニュースについて、その背景や詳細、そしてパナソニックの現状と課題を解説します。黒字経営を続けている企業が、なぜこれほど大規模な人員整理に踏み切るのか、詳しく見ていきましょう。
目次
パナソニックが1万人を削減へ、黒字なのになぜ?
パナソニックが発表したグループ経営改革の中で、「人員の適正化」という項目が設けられています。これは、生産性を高めるために、1万人規模の人員整理を行うという内容です。
具体的には、国内で5,000人、海外で5,000人が対象となり、2025年度中に実施予定とされています。パナソニックの連結従業員数は約23万人ですので、1万人という規模は全体の約4%に当たります。4%と聞くと少なく感じるかもしれませんが、あのパナソニックが1万人もの人員を削減するという事実は、やはり大きなニュースと言えるでしょう。
人員削減と聞くと、通常は会社の経営状況が厳しく、赤字に陥っているケースを想像するかもしれません。例えば、直近で日産が大規模な人員削減を行った際には、数千億円規模の大赤字となっていました。
しかし、パナソニックは日産のような大赤字に陥っているわけではありません。業績は黒字を保っています。では、なぜ黒字なのに人員削減を行う必要があるのでしょうか。
業績は「横ばい」
パナソニックの業績推移を見ると、利益は赤字ではないものの、長年にわたって業績があまり伸びていない状態が続いています。アップダウンを繰り返しながらも、全体としては横ばいの状態と言えます。
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この状況が、ソニーや日立といったかつての総合家電メーカーと比較すると、より明確になります。2016年から2025年3月期までの営業利益の推移を見ると、パナソニックがほとんど変わらず横ばいを続けているのに対し、日立は約2倍弱、ソニーに至っては約5倍弱も営業利益を伸ばしています。利益額で見ても、日立が1兆円を超えているのに対し、パナソニックは約4,000億円のままです。
他社が事業構造を大きく変革し、成長を遂げる中で、パナソニックは相対的に「何も変わっていない」というのが実情に近いようです。パナソニック自身も、このままでは将来性がないという危機感を感じていると考えられます。
パナソニックの現在の事業と収益性の課題
現在のパナソニックの事業構成を見てみましょう。
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2023年度の実績では、「暮らし事業」が売上比率で最も大きい割合を占めています。暮らし事業には、冷蔵庫や洗濯機といった大型家電や、給湯器、配線器具などが含まれ、比較的住宅関連の設備や大型家電の比率が高いのが特徴です。エアコンや冷凍ショーケースなどもこの事業に含まれます。
一方で、テレビやオーディオ機器、デジカメ、ノートパソコンといったデジタル家電は「その他の事業」に含まれています。これらのデジタル家電事業は、過去に他の日本メーカーが中国や韓国勢に押されて撤退・縮小した分野ですが、パナソニックは現在も扱っています。ただし、デジカメなど一部製品は高付加価値路線にシフトしているようです。
その他の主要事業としては、「オートモティブ事業」(車載部品やコンピューター)や、「エナジー事業」(EV車向けバッテリーなど)があります。エナジー事業はテスラなどにもバッテリーを供給しており、事業規模が大きくなっています。ただし、テスラへのバッテリー供給はパナソニック単独ではなく、中国のCATLや韓国のLGなども行っています。
これらの事業のうち、特に収益性が課題となっているのが家電関係の事業です。
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暮らし事業などの家電関係の収益率は3%前後と、あまり高くない状況です。これは海外メーカーとの価格競争の影響が大きいと考えられます。
オートモティブ事業の一部についても、収益性の低さから米ファンドへの一部株式売却といった事業整理が進められています。エナジー事業は表面上利益が出ているように見えますが、これは政府からの補助金による側面もあるため、補助金がなくなると利益率が大きく下がる可能性もあります。
将来の方向性は?見えにくい成長戦略
パナソニックは、今回の構造改革を通じて、収益性の低い家電関係に着手するとともに、事業の整理統合を進めるとしています。特に、本社業務のスタッフなど重複する人員の整理統合を行う意向です。
将来に向けた方向性としては、ソリューション領域に注力し、デバイス領域や家電を中心としたスマートライフ領域では収益性を徹底的に高めるとしています。サプライチェーンマネジメントやエネルギーマネジメントを大きな柱とするようです。例えば、データセンター向けの蓄電ソリューションや、家庭向け(AIベースのHEMSなど)、工場・オフィス向けのエネルギーマネジメントシステム(Panasonic HX)などの展開が挙げられています。これらは既存の事業や買収した企業(ブルーヨンダー)を軸とした取り組みです。
しかし、これらの説明からは、ソニーや日立のように「ここで勝負していくんだ」というような明確な成長の柱や方向性が見えにくいというのが現状です。既存事業の延長線上の取り組みが多く、「今あるものを並べたに過ぎない」という印象は拭えません。AIの活用なども述べられていますが、これも差別化に繋がるほどの具体的な戦略としては見えません。会社の内部でも、今後「何の会社になっていくのか」について、まさに議論している最中とのことです。
社長の言葉から読み解く危機感と課題
黒字でありながら大規模な人員削減を行うことについては、パナソニック社内にも抵抗感があることは事実のようです。パナソニックには、創業者である松下幸之助氏が世界恐慌の際に「従業員は一人も解雇するな」と指示したというエピソードがあり、今回の構造改革はこの考え方に反するのではないかという意見もあります。
現在の社長は、創業者の時代とは事業環境が大きく異なり、将来を見据えた人員の適正化は避けられないと判断したと述べています(パナソニックグループCEO 楠見雄規、構造改革の真意を語る ―変革と成長への決意―)。そして、今回の改革は経営者として本当に悩んだ末の判断であり、一時退任も考えたが、自身が責任を持ってやり遂げなければならないと考えていると語っています。
社長の言葉からは、過去30年間にわたって実質的な成長ができていないことへの強い危機感が伝わってきます。過去に何度も構造改革を断行しながらも、営業利益率が一定レベル(5%)に達するとすぐに成長戦略のために固定費が増加し、結果として再び営業利益率が低迷するというサイクルを繰り返してきたことを分析しています。競合に比べて収益性が低いことは、従業員や株主への還元、将来への投資においても劣っていることになり、このままでは厳しい競争の中で成長できないという認識を示しています。
見えない将来像と今後の注目点
パナソニックの今回の1万人人員削減は、赤字ではないものの、長年にわたる業績の伸び悩みと、ソニーや日立といった競合との成長スピードの差に対する強い危機感が背景にあります。収益性の低い家電事業の再編や、事業ポートフォリオの見直しを進めることは避けられない状況と言えるでしょう。
しかし、今後のパナソニックが「何の会社になっていくのか」という明確な将来像や成長戦略が、現時点ではまだはっきり見えてこないという課題があります。ソニーや日立のように、収益性の高い分野に特化するのか、あるいはパナソニックの強みである「現場主義」や「信頼性」を活かした新しい形でのサービス提供を目指すのか、その方向性が定まっていない印象を受けます。
黒字リストラという困難な判断を下したパナソニックが、この構造改革を通じてどのように変わり、どのような未来を描いていくのか、今後も注目していく必要があります。
執筆者

元村 浩之(もとむら ひろゆき)
つばめ投資顧問 アナリスト
県立宗像高校、長崎大学工学部卒業。
大手スポーツ小売企業入社後、店舗運営業務に従事する傍ら、ビジネスブレークスルー(BBT)大学・大学院にて企業分析スキルを習得。
2022年につばめ投資顧問に入社。
長期投資を通じて顧客の幸せに資するべく、経済動向、個別銘柄分析、運営サポート業務を行っている。
プレゼント①『株式市場の敗者になる前に読む本』
プレゼント②『企業分析による長期投資マスター講座』第一章
プレゼント③『YouTubeプレゼン資料』
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