今回は、皆さんもよく利用される指標であるPER(株価収益率)について、その定義だけでなく、PERが持つ深い意味や、高低を決定づける要因について解説し、適切な投資判断に活かす方法を考察します。
単に「PERが高いから割高、低いから割安」と捉えるだけでは、投資の機会を見誤る可能性があります。PERに込められた意味を理解し、適切なタイミングと株価で投資を行うための考え方を深掘りしていきます。
目次
PERの基本と「利回り(益回り)」としての捉え方
PERの定義と基本的な意味
PERの定義は、皆さんもご存知の通り「株価 ÷ 1株当たり利益(EPS)」です。 これは、現在の株価が、その企業の1株当たり利益の何倍になっているかを示す指標です。例えば、PERが15倍であれば、その株価は15年分の利益を反映している、という言い方をします。
利回り(液回り)で考えると本質が見える
「15年分」という数字自体に直接的な意味はありませんが、このPERを利回りとして捉え直すと、非常にシンプルで分かりやすくなります。
PERの計算式の分子と分母をひっくり返すと、「EPS(利益) ÷ 株価(購入価格)」となり、これは債券でいうところの「利回り」に該当します。株式投資の世界では、これを「益回り」と呼ぶことがあります。
PERが15倍の場合、その逆数である益回りは「1 ÷ 15」となり、約6.67%という数字が出ます。
債券であれば6.67%という利回りは高水準ですが、株式にはリスクが伴います。そのため、リスクに見合うリターンとして、益回り6.6%程度、すなわちPER15倍程度で取引されているのが、一般的な考え方といえます。
PERの高低を決定づける最大の要因「成長性」
株式と債券の大きな違いは、債券の金利が一定であるのに対し、株式の利益(PERにおける利益部分)は増減することです。
将来の成長期待がPERを押し上げる
将来の利益増加(EPSが100から200になるなど)が見込まれる場合、益回りは年々上がっていくことになります。投資家はその将来の益回りの上昇を見越して、「後から元が取れる」と考え、現在すでに高い値段で株を購入します。その結果、株価が上がり、PERも高くなるというメカニズムです。
単純に言えば、成長すると予想されている企業はPERが高い、というのが一般的な解釈です。
事例:高PERのアドバンテストと低PERの銀行セクター
高PERの事例:アドバンテスト
例えば、アドバンテストはPERが56倍と、一般的に非常に高い水準にあります。これは、過去の業績(特に2023年以降)で大きな伸びを示しており、今後も成長が期待され、将来の益回りが高まると考えられているためです。
低PERの事例:三井住友フィナンシャルグループなどの銀行
一方、三井住友フィナンシャルグループはPERが12.4倍程度と低水準です。銀行セクター全体としてPERが低い傾向にありますが、これは過去の経常利益が長期間(例えば2013年頃と現在)で大きく変わっておらず、成長性がないと市場に見られているためです。銀行のビジネスモデルは日本の経済成長に依存しており、国内経済が大きく成長しないという見通しから、将来的な成長期待が低いとされています。
重要な視点:成長の「永続性」と「期間」
PERを考える上で、単なる成長だけでなく、成長の永続性、つまり成長が続く期間が非常に重要になります。
目先の成長だけでは不十分な理由
目先の業績好調(例:金利上昇の恩恵)があったとしても、それに上限(キャップ)があり、その後成長が続かないと見込まれる場合、PERは本格的に上がっていきません。
長期的な成長が想像できる企業(例:AIや半導体の世界)は、PERが継続的に上がっていきます。
事例:三菱重工業に見るPERの劇的変化
三菱重工業は、元々重厚長大型産業でPERが低い銘柄の代表格でしたが、長期的な成長期待によってPERが劇的に上昇した例です。
2021年頃にはPERが11.4倍と低水準でしたが、現在は約59倍にまで上昇しています。これは、電力不足への対応(発電機製造)やデータセンターを動かすための発電など、長期的な成長が見込まれる分野で必要性が増したことが大きな要因です。もし、防衛費の増加といった一時的なテーマだけであれば、これほどの成長は続かなかったと推測されます。
成長の永続性がないとどうなるか
成長の期間が短い(2〜3年だけなど)場合、その成長は一時的に株価に織り込まれPERが高くなるかもしれませんが、成長が終わるとPERは停滞または低下します。
例えば、利益が倍になった結果PERが50倍から25倍、さらに12.5倍になった後、その後成長がなければPERは低い水準で低迷し続けます。これは、かつて高いPERだった一部の中小型グロース株が、成長しなくなった後にPER15倍程度で動かなくなっている現状と同様です。
PERを決定づけるもう一つの要素「リスク(割引率)」
PERの動きは、成長性(g)だけでなく、リスク(r)にも大きく左右されます。PERは、理論株価を計算するDCF法と関連づけて「1 ÷ (r – g)」という式で説明されることがあります。
リスクが高いとPERは低下する
この式から、リスク(r)が高いと分母(r – g)が大きくなり、結果としてPERは小さくなることがわかります。
金融の世界でいう「リスク」とは、単純な危険性というよりは、安定性の欠如や利益の変動幅の大きさを指します。
- 高リスクの事例:テスラやソフトバンクグループなどは、利益の変動率が大きいため、割引率(r)が高くなりやすい傾向があります。これは、投資家にとって「自分が売らなければならないタイミングで損をするかもしれない」という不安(恐怖)があるため、嫌われる要因となり、結果的にPERが低くなりやすいのです。
- バリュートラップの危険性:PERが低いからといって安易に飛びつくと、「バリュートラップ」にはまる可能性があります。これは成長性がなく、かつリスクが非常に高い銘柄である可能性があり、景気が悪化した際に大きく損をしたり、あるいはいつまでも株価が上がらない状態に陥るためです。例えば、マンションデベロッパーなど(成長していても)は、景気悪化時に倒産リスクが高まるため(リーマンショック時など)、常にPERが低い傾向があります。
低リスク・高安定性がもたらす高PER
一方、リスクが低い(安定性が高い)銘柄はPERが高くなります。 具体的には、ディフェンシブセクターである食品関連企業(味の素など)が該当します。
味の素の例を見ると、10年間の経常利益の年率平均成長率は2.7%程度と、非常に高い成長をしているわけではありません。しかし、景気が悪化しても需要が落ちにくい(食料は必需品である)ため安定性が高く、海外展開による永続的な成長期待もあることから、PERは現在27倍、過去も30倍前後で推移しています。
さらに、安定した企業はフリーキャッシュフロー(最終的に手元に残るお金)も基本的にプラスで推移していることが重要です。
PERを投資に活用するための戦略
投資家として考えるべき「ギャップ」
PERが高い企業に投資する場合、その高PERが目先の成長期待のみで既に株価に十分織り込まれている可能性がないか、深く考える必要があります。長期的な成長や安定性が期待されている高PERであれば、安定して持ち続けやすいといえます。
大きなリターンを狙いたい場合は、現在PERが低く、今後大きく改善していく企業を探すのが有効です。
【PER改善のチャンスを見つける例】
1. リスク(恐怖)の低下:例えば、商社は元々PERが非常に低かった銘柄ですが、ウォーレン・バフェット氏が購入したことなどにより、「リスクが下がった(人気が出た)」と見なされ、PERが上昇しました,。
2. ビジネスモデルの永続的な変化:
- セクター分類の変更:卸売業(低PERの代表格)の会社が自社製品を開発し、メーカー(高PERのセクター)として見られるようになると、それだけでPERが8倍から12〜15倍へ置き換わる可能性があります。
- 収益モデルの変更:Adobeのように、元々の売り切りモデルをサブスクリプションモデルに転換したことで、業績が安定し、PERが上昇し株価が上がった事例もあります。
重要なのは、これらの変化が一時的なものではなく、持続する成長をもたらすかどうかです。
結論:PERは「恐怖と期待のバランス」
PERは、市場の「恐怖(リスク)」と「期待(成長)」のバランスを映し出しています。
- 恐怖が低い(リスクが少ない):PERが高い
企業のIR強化や、バフェット氏のような権威の登場により、投資家の不安感が取り除かれると、恐怖が下がりPERは上がります。 - 期待が高い(成長性がある):PERが高い
特に永続的で長期的な成長が確実視されると、PERは上がり、そこから下がりにくくなります。
我々投資家は、企業の業績の成長と安定性をベースに、「なぜこの企業のPERは低いのだろうか?」「今後PERが上がる可能性はないのか?」というギャップを見つけ出し、そこに投資ストーリーを構築することが、成功するために最も求められるアプローチです。
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