株式投資家の皆様にとって、ユニ・チャーム(8113)という企業は、長らく日本が世界に誇る成長株の象徴であったはずです。
私もこれまで同社を高く評価し、つばめ投資顧問の会員の皆様にも推奨銘柄として提示してまいりました。
しかし、この度、私は保有していたユニ・チャームの株式を損切りするという決断を下しました。
この判断は、直近で発表された決算内容、および新たな中期経営計画を精査した結果、同社を取り巻く環境がもはや長期投資の前提を維持できないほど厳しいと判断したからです。
今回は、なぜ私がそれほどまでに厳しい視点を持つに至ったのか、その真意をお伝えします。
ユニ・チャームを応援されている方にとっては耳の痛い内容かもしれませんが、長期投資の本質を見極めるための一つの視点として、ぜひ最後までお読みください。
目次
ユニ・チャームが築き上げた「かつての強み」を振り返る
そもそもユニ・チャームが投資対象として魅力的だったのは、その圧倒的な製品力と、他社に先駆けた海外展開の成功があったからです。
例えば、主力製品である紙おむつ「ムーニーマン」は、子育て世代の間で「肌が被れにくい」という基準において、P&Gや花王といった並み居る競合を抑えて選ばれるほどの高い評価を得てきました。
また、日本企業としては極めて早い段階から中国や東南アジア、最近ではインドといった成長市場へ積極的に進出し、高いシェアを確立してきました。
一時期のインドネシアでは50%ものシェアを誇り、インドでも30%から40%近いシェアを獲得しています。
この成功を支えていたのは、現地の「パパ・ママ・ストア」と呼ばれる小さな小売店に泥臭く入り込み、消費者の細かなニーズを汲み取って研究開発に活かすという、徹底した現地密着型のマーケティング戦略でした。
かつての同社は、テープ型からパンツ型へのおむつの移行をいち早く捉えるなど、現地の生活に深く根ざした「勝ち筋」を持っていたのです。
中国とインドネシアで何が起きているのか
しかし、こうした輝かしい成功は、現在大きな曲がり角を迎えています。
ユニ・チャームの株価は2023年に約1,985円のピークを迎えましたが、そこから急落し、現在はその半分近い1,000円前後にまで落ち込んでいます。
この下落の裏にあるのは、2025年12月期決算で見られた深刻な業績の変調です。
売上高は4.4%の減少に転じ、経常利益は20%もの減少を記録しました。
特にアジア事業の落ち込みは凄まじく、かつて10%から14%ほどあったコア営業利益率は2.9%にまで急落し、利益がほとんど残らない状況に陥っています。
地域別で見ると、中国の売上がマイナス27%、インドネシアがマイナス11%と、これまで同社の成長を牽引してきた「ドル箱」市場で、壊滅的な状況が起きているのです。
中国市場においては、不運な側面もありました。
ユニ・チャーム製品の「偽物」が流通し、その劣悪な模倣品から虫が出たというショッキングなニュースが、中国の国営放送で繰り返し報じられたのです。
同社自身に落ち度はないものの、消費者の抱くブランドイメージは著しく毀損し、信頼回復の最中にあった10月にも同様の報道がなされるなど、踏んだり蹴ったりの1年となりました。
「品質」はもはや「参入障壁」ではない?
ここで問わなければならないのは、業績悪化の原因が単なる「風評被害」といった一時的なものなのか、という点です。
インドネシアでの状況を見ると、より構造的な問題が浮かび上がります。
同国では、現地の企業や進出してきた中国企業が、ユニ・チャーム製品と遜色ないクオリティの製品を、より安価に投入し始めています。
現在の不景気の中で、消費者の間では「ダウントレード(より安い製品への乗り換え)」が加速しており、わざわざ高い日本ブランドを選ぶ理由が失われつつあります。
おむつという商品は、一定の品質基準を超えてしまえば、それ以上の高い値段を払う価値を見出しにくい「コモディティ化」しやすい性質を持っています。
かつては日本製品だけが満たしていた最低基準を、今や現地企業も満たせるようになってしまった。
つまり、これまで同社が誇ってきた「高品質」という参入障壁が、事実上崩壊しているのです。
過去最高益への回帰はあり得るのか?
こうした厳しい現実があるにもかかわらず、ユニ・チャームが発表した今期の業績予想は、売上高1兆100億円、コア営業利益1,360億円という、いずれも過去最高水準を目指すという驚くべきものでした。
中国で14〜16%増、インドネシアで8〜10%増という回復を見込んでいますが、直近の第4四半期で売上がマイナス6%となっている足元の状況を考えれば、この数字には全くと言っていいほどリアリティがありません。
ここには、組織が陥りがちな「罠」が見え隠れします。
ユニ・チャームは伝統的にハードワークを尊び、目標は必達であるという非常に厳しい規律を持つ企業体です。
しかし、あまりにその圧力が強すぎると、各部署から集まってくる予測数字が「実態」ではなく「過去最高を出さなければならない」という強迫観念に基づいた「積み上げ数字」になってしまいます。
足元の不調を直視せず、無理な目標を掲げる姿勢は、かつての成功企業が衰退に転じる際によく見られる兆候でもあります。
コーポレート・ガバナンスと開示姿勢への懸念
私が損切りを決断したもう一つの大きな理由は、同社のガバナンス、特に投資家に対する情報開示姿勢への強い違和感です。
現在、多くの企業がインターネットで決算説明会の動画や質疑応答のまとめを公開していますが、ユニ・チャームはそうした対応を一切行っていません。
さらに、機関投資家には各国の詳細なシェア資料を見せている一方で、個人投資家にはそれらを隠すという、「情報の非対称性」を意図的に作り出している節があります。
この理由を問うと「他社に情報が漏れるから」という回答が返ってきますが、それならば上場をやめるべきであり、全ての投資家に対してフェアであるべきという市場のルールを軽視していると言わざるを得ません。
株主総会にしても、アクセスの極めて悪い場所で開催し、身内だけで済ませるような「シャンシャン総会」に近い運営がなされていることも確認しており、個人投資家を軽視している姿勢が透けて見えます。
中期経営計画「3つのR」を徹底検証する
新たに発表された中期経営計画「3つのR」についても、私はその戦略的妥当性に大きな疑問を抱いています。
第一の「ルネッサンス(AI×感性)」では、AIを活用してヒットの再現性を最大化すると謳っていますが、そもそもAIは今や誰でも使えるコモディティであり、それで他社が模倣できない絶対価値を作るというのは矛盾しています。
同社の真の強みは、人間が現場で泥臭くニーズを拾うことにあったはずなのに、その真逆を行こうとしているように見えます。
第二の「リバース(脱製造業)」では、OEM(外部委託生産)を活用してコスト競争力を高めるとしています。
しかし、製造を外部、特に中国企業などに委託してしまえば、技術は容易に盗まれ、ユニ・チャームというブランドそのものが形骸化してしまいます。
より安い価格で勝負を挑みに行く値下げ競争は、経営の定石から外れた、勝者のいない戦いです。
第三の「レゾナンス(共生)」における社会課題の解決についても、それは競合する中国企業にとっても同様の活動であり、ユニ・チャームだけの独自の競争優位性には繋がりません。
全体として、自社の本当の強みをどこに置き、どう強化するのかという視点が見えず、場当たり的な対策が並んでいる印象を拭えませんでした。
ユニ・チャームから学ぶべき教訓
かつての成功企業であり、私も高く評価してきたユニ・チャームですが、現在はその成功体験にあぐらをかき、足元をすくわれている「裸の王様」のような状態にあるのかもしれません。
決算説明会での経営トップの受け答えに危機感が感じられず、悪い決算にもかかわらず冗談を交えてヘラヘラとしてのを私自身が見ており、その懸念は深まるばかりです。
投資家として最も難しいのは「損切り」です。
しかし、長期投資を掲げる身として、投資する理由が根本から崩れ去ったのであれば、たとえマイナスであっても売るしかありません。
今回の私の反省は、同社の過去の栄光に目を奪われ、変化しつつあった実態を見抜けなかったことにあります。
皆様も、このユニ・チャームの事例を、単なる一社の失敗としてではなく、ビジネスモデルがいかに変化し、ブランドがどう失墜していくのかを学ぶための貴重なケーススタディとしていただければ幸いです
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