2026年3月4日、つばめ投資顧問代表の栫井とアナリストの元村が、急成長を続けるSaaS企業「株式会社ラクス」に対してIR面談を実施しました。
市場で囁かれる「生成AIによるSaaSの死」への見解から、大企業(エンタープライズ)向け市場への参入戦略、そして同社の最大の強みである顧客基盤まで、率直な疑問をぶつけた質疑応答の模様をお届けします。
目次
1. 「SaaSの死」というリスクについて
栫井(つばめ投資顧問): 現在、生成AIの進化によって「SaaSの死(AIがSaaSを代替してしまうのではないか)」という問題が市場で騒がれていますが、御社としては実際にどのように感じられ、どう動いているのか率直に伺えますでしょうか。
ラクス担当者: まず足元の業績についてですが、現状ビジネスへの影響は全く現れておらず、基本的に「無風」の状況です。向こう3年程度のスパン(次期中期経営計画の期間内)において、リスクが顕在化することはないだろうと考えています。
背景として、当社の主なお客様である日本の中小企業には、AIを活用してシステムを「内製化」するための技術力・リソースが不足している点が挙げられます。また、当社のプロダクト(例えば『楽楽精算』など)は年間120万円程度とARPU(顧客単価)がそこまで高くないため、顧客側が自社でリスクを取ってAIシステムを内製するメリットが薄いと考えています。
ラクス担当者: さらに、法人利用においては「正確性」や「リーガルリスクの回避」「責任の所在」が非常に重要になります。確率論で動くAIが間違えた時に誰が責任を取るのか。それならば、プログラムで確実に動くSaaSを使い、AIはそのSaaSに指示を出すエージェントとして裏側で連携する世界観の方が現実的だと見ています。
栫井: 一方で、AI対応のための開発コストや、API利用料、あるいは機能拡充のためのM&Aコストなどが嵩む懸念についてはどうお考えですか?
ラクス担当者: 当社はLLM(大規模言語モデル)そのものを開発するわけではなく、ユーザーとして活用する立場ですので、ハイエンドな開発投資が必要なわけではありません。生成AI対応に伴う投資は、クラウドビジネスの売上原価率を1〜2%押し上げる程度(金額にして5〜10億円レベル)と試算しており、現在の当社の利益水準から見れば十分に吸収可能で、深刻なリスクとは捉えていません。
2. プロダクト戦略:統合化(All-in-One)か、特化型(Best of Breed)か
栫井: 他社がシステムを統合化・パッケージ化していく中で、御社は会計システムの自社開発などに対して慎重な姿勢に見えます。今後の売上成長に向けて、方針をお伺いできますか。
ラクス担当者: ご指摘の通り、当社は特定の機能に特化してプロダクトを磨き上げる「ベスト・オブ・ブリード」戦略をとってきました。
ラクス担当者: 例えば「会計システム」というコア領域を自社でやってしまうと、freee様など他社の会計システムとの連携においてバッティングし、結果的にアライアンスの幅を狭めてしまうリスクがあります。
また、日本の企業(特に中小企業)は現場の権限が強い特徴があります。「全社でこの統合システムを入れる」とトップダウンで決めても、各部門(経理、営業、人事など)から「自分たちの業務には使いづらい」と不満が出やすいのです。そのため、各現場にとって最も使いやすいものを個別に入れるベスト・オブ・ブリードのやり方が、結果的に日本の中小企業には刺さりやすく、シェア拡大に繋がってきたと考えています。
新たな領域への展開については、自社でゼロから開発するのはコストパフォーマンスが悪いため、M&Aが有力な戦略の1つになってくると考えています。
3. 中小企業に刺さる「シンプルさ」の強み
栫井: 実は弊社でも『配配メール(現:楽楽メールマーケティング等)』を10年ほど利用しています。外資系のCRMシステムなども試しましたが、複雑すぎて使いづらく、御社のシステムのシンプルさが非常に良いと感じています。
ラクス担当者: ありがとうございます。「メールディーラー(現:楽楽自動応対)」は当社の最も古いプロダクトで、創業者の現社長・中村が自ら開発したものです。
当社のミッションは「ITで日本の中小企業を『楽!』にする」ことです。そのため、機能が多すぎて使いこなせないプロダクトは良くないという思想が根底にあります。生成AIに関しても「何でもできる」と言われると、逆にどう指示(プロンプト)を出していいか分からない企業が多いはずです。その点でも、シンプルで迷わないUX(ユーザー体験)は当社の強みです。
4. エンタープライズ(大企業)市場への挑戦
栫井: 今後のターゲットとしては、引き続き中小企業(MMB)が中心になるのでしょうか。
ラクス担当者: 次期中計での課題になりますが、今後は中堅〜大企業(エンタープライズ)の領域にも広げていきたいと考えています。大企業市場はIT投資予算も大きく、魅力的なマーケットです。
例えば経費精算領域において、当社の『楽楽精算』は市場シェア約36.8%ですが、約47.1%をSAP社の『Concur(コンカー)』が占めており、彼らは大企業層で圧倒的な売上を稼いでいます。今後の基本戦略は、この層をひっくり返していくことです。
栫井: 具体的な勝ち筋はどのように見立てていますか?
ラクス担当者: Concurはグローバル仕様のプロダクトをそのまま日本に持ち込んでいるケースが多く、日本のユーザーからは「ローカライズされておらず使いづらい」「価格が高い」といった声があります。当社の強みである「日本の商習慣に合った使いやすさ」と「価格優位性」をフックにリプレイスを狙います。
ただし、大企業の導入は数年スパンの意思決定になるため、従来のテレビCM等によるマスマーケティングから、個別の企業をターゲットとするアカウントベースドマーケティング(ABM)へと、営業組織の専門部隊化を進めていく必要があります。
5. AIには奪えない「最大の堀(モート)」
栫井: 機関投資家からの質問として、AI活用によるコスト構造の変化や、開発費の比率について聞かれることは多いですか?
ラクス担当者: 多いですね。有価証券報告書上の「開発費」の項目だけを見ると1億円未満にみえますが、実態として開発に関わるコストは「人件費」に計上されています。クラウド部門の従業員約2,000名のうち、約300名が開発系の人員です。人件費全体の15%超が実質的な開発費のイメージです。
栫井: 残りの大部分は営業人員ということですね。色々と分析させていただき、結局のところ「圧倒的な顧客接点(営業・サポート力)」を押さえていることこそが、AIにも代替されない御社の最大の堀(モート)だと感じていました。
ラクス担当者: おっしゃる通りです。圧倒的多数の営業、マーケティング、カスタマーサクセスといったフロントエンドの人員が顧客と直接タッチしていること、これが当社の最大の強みであると認識しています。
6. AI実装によるオプション開発とARPU(顧客単価)向上の余地
元村(つばめ投資顧問): M&Aという手段もあるかと思うのですが、御社は顧客基盤やマーケティングが強いので、顧客からの「こういう機能はないの?」という要望に応える形で、既存サービスに別料金で付加機能(オプション)を開発していく余地はまだまだあるのでしょうか? 今後、AI実装がそうしたアップセルに繋がるイメージはありますか?
ラクス担当者: おっしゃる通り、基本料金プラス有償オプションという形で、生成AIの機能などを実装していこうと考えています。LLMのAPIを叩くにはコストがかかるため、そこはお客様に価格転嫁し、オプションとして提供することでARPU(1社あたりの平均売上金額)を引き上げていくのが1つの打ち手になります。 次期中計の成長戦略にも「AI戦略」を入れていますが、それによるARPU向上は当然狙っていきます。もちろん、それにお金を払ってでも買いたいというニーズがあるかどうかの見極めは必要です。
元村: ARPUの上昇要素として、「値上げ」「ユーザー数の増加」「オプション数の増加」の3つくらいがあると思うのですが、内訳のイメージはいかがでしょうか。
ラクス担当者: 当社は頻繁に値上げをする会社ではありませんが、お客様の中で利用部門やアカウント数が広がっていくこと、オプションの追加などが牽引しています。 また、SaaSビジネス全般に言えることですが、我々が公表している「社数ベースの解約率」よりも、「金額ベースの解約率」の方がさらに低いんです。これは、サイズの小さいお客様の方が相対的に解約が起きやすいという傾向があるためです。このトレンドに乗っているだけでも、ARPUはじりじりと上がりやすい構造になっています。
7. エンタープライズ営業の難しさ
元村: より従業員数の多いエンタープライズ(大企業)向けのホワイトスペースを狙うお話がありましたが、中小企業向けとは営業スタイルも変わってくるのでしょうか? 専門部隊などがいらっしゃるのですか?
ラクス担当者: はい、専門部隊が動き出しています。先ほどお話しした通り、エンタープライズの領域には「まだシステムを入れていない」というホワイトスペース(空白地帯)はほぼありません。すでに他社システムが入っているところからシェアを奪う(リプレイスする)必要があります。
中小企業向けのように「テレビCMを見て問い合わせが来て、それを刈り取る」という手法では取れないマーケットです。システム要件定義や繋ぎ込みも複雑ですので、専門部隊がアカウントベースで個別企業にアプローチして機会を創出していくスタイルになります。
元村: グローバルツールだとオーバースペックだったり使いにくかったりする企業から、リプレイス案件が取れたら大きいよね、というイメージでしょうか?
ラクス担当者: まさにそうです。海外の競合からすると日本のマーケットはそこまで大きくないためか、日本人向けにローカライズされた使いやすいプロダクトをわざわざ投入してきていないケースがあります。 結果として、日本人からすると仕様が使いにくかったりするのですが、「当時はそれしか選択肢がなかった」という理由で導入し、スイッチングコストが高いのでそのまま使い続けている大企業様がいらっしゃいます。我々はそこをひっくり返したいと考えています。
8. 中村社長「トップダウン」の強み
ラクス担当者: 逆に私からお伺いしたいのですが、我々も個人投資家向けにどういう発信をすべきか、プロの目線でアドバイスをいただけますか? 我々も公式YouTubeチャンネルを持っていますが、全然回らなくて……。
栫井: 御社はすでに発信できている方だという認識でした。社長が様々なYouTubeチャンネルに出演されていて、あれは見ている方も多いですし注目度も高いです。企業の公式チャンネルはどうしても見られにくい部分があるので、外部メディアや他チャンネルへの露出は有効だと思います。
少し話が変わりますが、そうした動画を拝見していても、御社は社長の「トップダウン」の文化が強いように感じます。実際の社風も、トップダウンで物事がスピーディーに決まっていくイメージでしょうか?
ラクス担当者: そうですね。スピードを重視している会社ですし、最終的には約3割の株式を保有する筆頭株主でもある中村(社長)の判断で決まる部分は大きいです。もちろん、メンバーの意見をすくい上げた上で決めていますので、みんなで決めたことを理不尽にひっくり返すようなことはありません。
経営トップの「環境適応能力」の高さや、変なしがらみがない点は当社の強みだと思います。例えば、当社の創業事業は「IT人材向けのスクール」だったのですが、「今後の戦略とフィットしないから売却する」と非常にドライに判断しました。利益率20%近く出ている伸びている事業であっても、全体最適のために足を引っ張るなら手放すという判断ができる、環境適応力の強い会社です。
9. もしAIが「完全性」を実現したら?
栫井: 先ほど「AIの完全性(正確性)がネックになる」というお話がありましたが、もし仮にAIが完全性を実現してしまった場合、あるいは「こうなったらSaaSにとってヤバい」といったシナリオは考えられていますか?
ラクス担当者: AIの推論モデルという性質上、100%間違えないものにはならないと考えています。万が一間違いが起きた時に「誰が責任を取るのか」という問題が残ります。「AIで何でもできる」というAI万能論を前提としている方々とは水掛け論になってしまいますが、我々としてはそうした万能論には否定的な立場をとっています。
ただ、悪魔の証明のように「絶対にそうならない」と言い切ることはできません。ですので、万が一そうなった時のための「プランB」は常に考えておくスタンスです。 例えば、日本の市場が明日いきなり変わることはありません。先行している米国市場の動きをウォッチしておき、「米国の市場がこう変わってきたから、我々もこう動こう」と判断してから動き始めても、十分に間に合うと考えています。システムのスイッチングコストは高く、「明日から別のAIシステムに入れ替えます」とすぐに動けるものではないからです。他社が良い機能を実装してきたら、我々もそれを取り入れていく、といった柔軟な対応が可能だと見ています。
10. 機関投資家は今、ラクスに何を聞いているか?
栫井: 最近、機関投資家からはどのようなことをよく聞かれますか?
ラクス担当者: やはり半分くらいは、今日お話ししたような「AIによるSaaSへのリスク」について深く聞かれます。足元の業績が好調なのはご理解いただいた上で、それ以外だと以下のようなご質問が多いですね。
- 次期中期経営計画について: 5月に発表予定の中計でどういった数字や戦略が出るか。
- 資本政策について: 来期に出る特別利益の効果や、現在実施している50億円の自社株買いを今後どうしていくのか。
- M&A戦略について: 全体的にSaaS企業の株価(バリュエーション)が下がっている中で、M&Aのターゲットや買収目線はどう考えているか。
- AI活用によるコスト構造の変化: AIを使うことで開発費などのコストは下がるのか、利益率は上がるのか。米国のテック企業のように人員削減の方向に行くのか、それとも人員を増やすのか。
11. 現場ユーザーのリアルな声(面談の結び)
諸原(つばめ投資顧問 秘書): 私はこれまで中小企業も大企業も経験したことがありまして、その中でずっと『Concur(コンカー)』を使っていました。ただ、現場のユーザーとしては非常に使いづらいなとすごく思っていたんです。 ですので、今後御社がエンタープライズ(大企業)の領域も取っていかれるということで、本当に頑張っていただきたいなと。私も営業だったのでシステムのリプレイスが大変なことは分かっているのですが、一人のユーザーとして個人的に強く応援しております。
ラクス担当者: ありがとうございます。大変ありがたいお言葉です。
栫井: 本日は本当に解像度の高いお話をありがとうございました。また何か気になることがありましたら、お声がけさせていただければと思います。引き続きよろしくお願いいたします。
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