「幸せな投資」の基準。あなたは「お金の奴隷」になっていませんか?

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いくらお金があっても幸せになれない―「お金の奴隷」になっていませんか?

今回は「投資と幸せ」について考えてみたいと思います。

会員の方からのご相談を受けるにつけ、多くの方が投資について悩んでいることに気付かされます。それは必ずしも損をしているとか、お金が少ないという悩みばかりではありません。利益が出ていて、億単位のお金を持っていても悩んでいる人は少なくないのです。

かつて、相場師として名を馳せたジェシー・リバモア(1877-1940)という人がいました。一時は現在の価値で4,000億円もの利益をあげながら4度も破産し、晩年はうつ病を患って最期は自殺してしまいます。

私のような庶民の感覚で言えば、4,000億円もあればあとは悠々自適に暮らせば良いじゃないかと思ってしまいますが、若くから投資の世界で生き抜いてきた彼にとっては、相場で勝ち続けることこそが人生だったのかもしれません。

ここまでいかなくとも、お金があるがゆえの悩みも尽きません。お金があると色々な人が寄ってきて、中には悪い人もいますから、やがてそれをどう守るかに神経を尖らせるようになってきます。現金で持っているのもおぼつきませんから、やがて金融機関の言いなりになって様々な投資を行い、結局大きな損を出して精神的に参ってしまう人もいるようです。(それでも生きるには十分すぎるお金はあるのですが。)

このように、いくらお金があっても幸せになれるとは限りません。逆に、お金に執着しすぎると「お金の奴隷」になり、かえって不幸になってしまいます。バフェットも言うように「お金と幸せは別物」なのです。

無限にお金が使えたら、あなたは何を買うか?

なぜこのようなことになってしまうのでしょうか。一つには、お金に対する考え方が確立していないからだと思います。

どのような金融商品に投資するかはもとより、どれだけお金があればよいのか、お金があったら何に使うかということを考えていないと、時々の思いつきで投資や消費を行ってしまいがちです。お金が増えるとその金額もどんどん大きくなってきますから、結局いくらあっても「足りない」という感覚に陥ってしまうのです。

若い時は多少無茶をしても笑い話で済みますが、歳をとってから失敗すると取り返しがつかなくなります。しかし、このようなお金に関するリテラシーは一朝一夕に身につくものではありません。そのため、常日頃から「思考トレーニング」を続ける必要があります。

思考の出発点となるのが「いくらでもお金があったら何に使うか」を考えることです。誰もがお金を湯水の如く使えて、欲しいものは何でも買える世界のことを想像します。

最初は豪華な家や高級外車など、あらゆるものを買うでしょう。しかし、この世界の条件は「自分だけでなく、他の人も無限にお金を使える」ということです。快適さを満たす以上の家や車はステータスにすぎませんから、誰でも手に入れられるとしたらもはや持っている意味はありません。かつてテレビがあるのはお金持ちの家だけでしたが、今やそれで羨ましがられることはないのとよく似ています。

このように考えていくと、お金に関する考え方はかなりシンプルになっていきます。整備の手間や小回りを考えるとスポーツカーよりも軽自動車の方が快適かもしれませんし、洋服もユニクロで十分となるのです。やがて、お金を使うことよりも、趣味や家族との時間を大切にするようになるでしょう。(時間はお金では買えませんから。)

もっとも、それでも車や洋服を色々選びたくなるなら、それはもはや「趣味」であって、本人にとって価値のあることです。要するに、お金を使う基準が「真に自分が幸せになれるか」になり、それ以上の買い物は時間の無駄ということになるわけです。

「3億円未満は三下」―他人と比べることの害悪

投資でうまくいっても幸せになれないもう一つの要因は「他人と比べること」です。

例えば、投資に励んでようやく「億り人」になれたとしましょう。一般的にはかなりの成功者の部類だと思います。

しかし、周りに目を向けてみると、3億、5億、10億と上には上の人がゴロゴロと出てきます。SNSが発達した現代ならなおさらで、最近も「3億円未満は三下」などという書き込みを目にしました。

このように、投資を「ゲーム」として見るといつまで経っても満足感を得ることなく、ますます没頭していきます。よほど好きならそれでも良いでしょうが、そうでないなら考えものです。さらに上を目指そうと過剰なリスクを取ってしまい、ゼロに逆戻りしてしまうこともあります。リバモアもこのタイプでしょう。

常識はずれの実績を残している投資家は、得てしてゲーマータイプです。つまり、お金が欲しいというよりも、投資というゲームでどれだけ上を目指すことだけを考えているのであり、彼らの生活の大半はパソコンの画面の前で終わります。こんな人たちと「普通の人」が比べる意味はあまりないのではないでしょうか。

多くの人は、今より少しでもお金が増えれば良いと考えて投資をはじめたと思います。しかし、それがうまくいったとしても、周りと比べる事によってかえって不幸になるということもあります。その時点で本来の目的から外れてしまっているのです。

投資をしていて嫉妬や心地悪さを感じる人は、まず他の人と比べるのをやめることからはじめてみてください。

「幸せな投資」はリターンでは測れない

このように色々考えていくと、幸せをもたらす投資の要素は決して「リターンの高さ」ではないことがわかります。リターンを基準とすると上には上がいて満足感を得られないだけでなく、下がったときの敗北感を感じ、やがては破滅的な投資に手を出してしまいかねません。

私は投資で幸せを求めるなら「安心」を基準とすることだと考えます。安心するためには、何より自分がよくわかっているものに投資し、一時的に株価が下がっても泰然自若としていられることが大切です。

もっとも、投資とは少なからずリスクを取る行為ですから、絶対の安心などありません。それを求めるなら、定期預金にでも入れておけば良いでしょう。

いや、預金も決して絶対とは言えません。もしインフレになったら、貨幣価値は目減りしてしまいます。その時は、やはり株式や不動産をはじめとする資産に投資していたほうが報われることになります。つまり、預金も「リスク資産」なのです。

要するに、私たちはリスクから逃れることはできません。そもそも人が「生きている」こと自体が、いつ死ぬかわからない「リスク」のある状態です。だったら、それから逃げるのではなく、適切な「リスクの取り方」を学ぶことがより有意義となるわけです。

だからこそ私は、毎年の投資予算を定め、その範囲内で投資することをおすすめしています。これなら仮に失敗したとしても、生活に影響を及ぼすことはないでしょう。失敗は失敗として、次うまくいくための糧にすればよいのです。資産を一気に投資せず、毎年追加投資することでいくらでも挽回のチャンスはあります。

まず資産を減らさないことを重視し、やがてそれが少しでも増えるならその時点で投資としては「勝ち」なのです。それを毎年積み重ねれば、知らずしらずのうちに大きく育っていることは複利の計算が証明してくれます。

とはいえ、私がそれを理由に適当な銘柄を推奨することがあってはなりませんから、引き続きできる限り良い銘柄を安いタイミングで紹介できるよう努力して参ります。

ただし、いくら儲かる可能性があるからと言って、不安定な銘柄やよくわからないものに投資するのは断固として避けなければなりません。わからないものに投資することは、いくら儲かったとしても不安を増幅させるだけです。それは決して私が望むことではありません。

投資を通じて、皆さまに少しでも幸せを提供できればと思います。


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