岸田総理は「社会主義者」か?/金融課税「20→25%」/日本企業の成長に必要なこと―所信表明演説を読む

岸田総理は「社会主義者」か?

岸田総理が就任後初の所信表明演説を行いました。全文は以下のリンクにあります。

【参考】第二百五回国会における岸田内閣総理大臣所信表明演説(首相官邸)

強調されているのは「新しい資本主義」です。これまでの新自由主義的な考え方では格差が広がる一方なので、より労働者に焦点を当て、中間層を厚くする政策となっています。

しかし、株式市場ではこれがどちらかといえば「社会主義思想」に近いのではないかと言う懸念もくすぶっています。

確かに世界的には、上位1%の富めるものはどんどん豊かになり、それ以外の人達は置いていかれる「格差」が広がっています。ただし、日本における格差は拡大しているわけではありません。経済的格差を示す「ジニ係数」は、所得分配後で1990年から改善傾向にあります。

図表1-8-9 所得再分配によるジニ係数の改善の推移(図)
出典:厚生労働省

「当初所得」における格差は広がっているので、「あの人と私の年収がこんなに違う」ということはあるのですが、税金を払ってしまうと年収ほどの格差はなくなるということです。高所得者に対する所得税率に関しては、日本はむしろ高い方です。

日本の根本的な問題は、経済が成長していないことです。GDPはこの20年間横ばいが続いています。その間に中国には抜かれ、アメリカとの差は広がるばかりとなってしまいました。パイが拡大しないのに分配なんて行っていたら、日本はますます貧しくなってしまいます。

図:名目GDP(為替レート(米ドル換算))の上位5カ国(米国・中国・日本・ドイツ・インド)の推移
出典:日本生命

日本企業の化学物質技術は世界一級品

もちろん岸田総理もそれは認識していて、「成長なくして分配なし」と明言しています。バランス感覚には定評のある人物ですから、その辺の配慮は事欠きません。

問題はどうやって成長するかということです。岸田総理は「科学技術立国」を掲げています。

私が企業を分析する中でつくづく思うことがあります。それは、デジタル分野では世界に後れを取ってしまった日本ですが、その礎となる物質分野の強みに関しては未だに強固なものがあるということです。

デジタルだIoTだと言われますが、それを実現するためには半導体をはじめとする化学物質の進化が必要です。デジタルだけでなく、いま世界で叫ばれているグリーンの分野ではますますその色合いが強まるでしょう。

物質分野の研究には長い年月がかかります。一朝一夕に真似できるものではないのです。以前韓国に対して半導体製造に使われるフッ素化合物の禁輸措置を行った際、韓国は大混乱に陥りました。半導体製造に関して日本に学び、それを模倣することで日本を上回ってきた国でも、化学物質に関しては真似しきれていなかったのです。

日本企業の問題は、これをビジネスに繋げるのが下手くそだということです。本当に強い技術を持っているのですから、高い金額をふっかけてでも世界の企業に売るべきなのです。そうすることで、日本の研究者も報われるでしょう。

研究者の給与が上がれば、そこを目指す人材もまた増えることになります。そこに優秀な人材が集まれば研究開発立国を目指せるはずなのです。これぞ中間層を厚くする戦略ではないかと思います。現に台湾は理系に人材を集中させた結果、TSMCなど世界トップランナーの半導体会社を生み出しました。

そこで政府に求められるのは、道筋を示すことです。優秀な技術をビジネスに生かすのが下手くそなのですから、それがうまくいった事例を大々的に取り上げるだけでも全く違うでしょう。例えば、信越化学工業の金川会長の本を読むだけでもヒントは溢れています。

税制に関しても、例えば中国では法人税率が通常25%なのですが、「ハイテク企業」なら15%という大盤振る舞いです。その結果、アリババやテンセントといった巨大ハイテク企業が生まれたのです。(直近では暗雲も垂れ込めていますが。)

最低賃金の引き上げは逆に格差を拡大させる

岸田総理の言う「分配」は、要するに労働者の賃金を上げることを言っているように見えます。ただし、文脈的には上記で示したようなハイスペックな研究者の給与を上げるというよりも、単純労働に従事するブルーワーカーの給与を引き上げると言っているようです。

介護や小売など現場職に従事する方々の給与は労力の割に決して高くないと私も考えます。しかし、それで政府が無理やりに賃金を上げるようなことをすると何が起こるのでしょうか。

これは韓国でも実際にあった話なのですが、一律に最低賃金の引き上げを行うと、経営者はそれ以上従業員を雇おうとしなくなります。そして、今まで人がになっていた部分を機械やコンピューターに任せようとするのです。なぜなら、初期投資こそかかりますが、一度軌道に乗ってしまえば間違いなく働き、ミスは少なく、文句も言わないからです。

それまで機械でも出来るような単純労働を行っていた人の雇用はなくなってしまうでしょう。

もっとも、日本において危惧されているのは失業率よりも労働力不足の方です。労働力不足が機械によって解消されるのなら、むしろそれは立派なイノベーションと言えます。逆にどうしても必要な人材の給与は残ってもらうために上げざるを得なくなるでしょう。

このような文脈での賃金の引き上げには私は賛成です。もっとも、どんな業種であってもスキルを持つ人と持たない人の格差はますます広がることになりますから、格差解消にはならないでしょう。

要するに、個人個人の努力がますます差を生む世界になってくるのです。

金融増税するなら累進課税を検討してほしい

岸田内閣の政策に対して、株式市場が最も懸念していることは金融課税の強化です。岸田総理自身が発言したわけではありませんが、岸田派の山本幸三衆議院議員は金融所得課税を「20%から25%に引き上げが適当」との発言を行っています。

【参考】金融所得課税、20%から25%へ増税でも市場害さず-岸田派・山本氏(Bloomberg)

岸田総理自身も、年収が1億円を超えると金融所得が増え、所得税率が下落傾向になる「1億円の壁」を問題視していましたから、現実味のある発言です。

もしこれが実現するなら、株式市場に冷水を浴びせることは間違いないでしょう。税率が引き上がる前に利益確定しようという動きが起きますし、その後の投資に対する意欲も削がれてしまうことになります。

一方で、高所得者の税率が下がるというのは確かに問題だと考えます。したがって本質的にやるべきなのは、累進課税ではないかと思います。この問題は多少収入が多いというレベルではなく、年収が1億円を超えるような超富裕層の問題ですから、税収の確保よりも不公平感の是正という文脈で考えるべきだと思います。

例えば、その年の金融所得が1,000万円を超える部分は30%にするなど、一般の投資家の投資意欲を削ぐことのないようなやり方にしてほしいものです。そうでなければ、貯蓄から投資どころか、2,000兆円の個人金融資産はますます銀行預金やタンス預金に流れることになり、成長に対するリスクにお金が流れないでしょう。

技術×経営=大化け

政策に関して言いたいことは山程ありますが、そんなことばかりを言っていても投資の成果は上がりません。私たちバリュー株投資家がすべきなのは、将来成長する企業をできるだけ安い価格で買うことです。

多くの日本企業が素晴らしい潜在能力を秘めていることは解説した通りです。一方で、それをビジネスや成長につなげる能力が今一つなのです。逆に、潜在能力を熟知し、それを開花させられる「変化」に目を向ければ、これから大きく育つ芽を見つけることができるでしょう。

日本企業の持っている技術こそ潜在能力であり、それを開花させられるのが「経営」ということになります。私は「経営」を考えるのが何よりも大好きです。素晴らしい経営者の考え方に触れると、幸せな気持ちになり思わずうなってしまいます。

この観点でこれからもう企業の分析を続けたいと思います。

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