SMBC日興証券の副社長が組織としての相場操縦に関わった容疑で逮捕されました。
証券業界にとっては由々しき問題です。
しかし、2009年から2016年まで大手証券会社に勤務していた私からすれば、あっておかしくないという感覚を持っています。
なぜSMBC日興証券がこのような犯罪に手を染めてしまったのか、背景の事情から説明します。
そして、これが個人投資家にどう影響するのかを見てまいります。
超初歩的な犯罪だった!
このSMBC日興証券の相場操縦事件に深く関わる取引に「ブロックオファー取引」というものがあります。
大株主がたくさんの株を売ろうとしたときに、買い手が付かないと価格が下がるので、自らの売りによって株価が下がり損をしてしまう可能性がありますが、それを避けるための証券会社のサービスのひとつが「ブロックオファー取引」です。
まず証券会社が大株主から株を買い取って、市場外で機関投資家に市場価格よりも少し安い価格で売るというものです。
買う側の機関投資家にとってみれば、まとまった株式を少し安く購入できるという点で魅力的な取引であったりします。
証券会社としては、例えば売りたい大株主から5%安く買い、機関投資家に2%安く売り、3%が会社の取り分となります。
市場価格が1000円の株式だったとすると、大株主から950円で買い、機関投資家に980円で売るということになり、仮にこれがトータル10億円の取引だとすると証券会社はこれだけで3000万円の手数料を取れるという”濡れ手で粟”の取引です。
しかも、売却先が決まった状態で行うのでリスクもありません。
さらに、証券業界は参入している会社も限られています。
日系だと野村證券、大和証券、日興証券、みずほ、三菱といったところで、外資系も入っていますが日本においてはそれほど大きくはなっていません。
このような寡占業界・規制業界でこの”濡れ手で粟”の取引を行っているのです。
ただ、その限られた業者の中での競争は激しくて、いかに最初に株を売ってくれる株主に魅力的な条件を提示できるかが大事になってきます。
SMBC日興証券が今回どんな犯罪を犯してしまったか薄々気づいたでしょうか。
株価のことなので今日明日にどうなるか分かりません。
せっかくブロックオファー取引が成立しそうだったところで株価が下がってしまって、元の株主が「売らない」と言ってしまうとこの濡れ手で粟の取引がおじゃんになってしまいます。
それを避けるために日興証券はなんとブロックオファーの情報を事前に自己取引部門と連携して、案件の株式の終値を買い支えたのです。
株価を意図的に動かすことを「相場操縦」といいますが、これは証券業界では最もやってはならない行為の『きほんの「き」』です。
証券に関わる人が最初に学ぶ犯罪です。
唯一相場操縦が認められるものに「安定操作取引」というものがありますが、これは例外中の例外で、基本的には相場操縦は絶対にやってはいけません。
証券会社であっても個人投資家であっても、相場操縦は犯罪に問われます。
証券会社は基本的に投資家と投資家の間に立って取次を行うトレーディング業務が主ですが、一部に自己勘定取引という部門があって、自分のお金で売買を行って利益を出します。
この自己取引部門というのはかなり厳しい規制に置かれているのが一般的です。
証券会社という立場を利用してインサイダー情報などを得て有利な取引ができてしまうので、証券会社は強い自己規律を持って業務を行わなければなりません。
私がかつて在籍した大手証券会社でも、この自己取引部門というのは”神聖な場所”とされていて、他の部門とは完全に別世界というほど切り離されていました。
しかし、SMBC日興証券はそうではなかったようです。
ブロックオファーを売主から引き受けてきた営業の人がその情報を自己取引部門に漏らしたのみならず、買い支えしてもらってブロックオファーを成立させたということです。
社内でも一部ではこの問題点を指摘されていたということですが、ブロックオファーが成立しないと何千万という会社の利益が無くなってしまうので黙認、それが積もり積もって組織的な犯罪にまで発展してしまったと言わざるを得ません。
日興証券の失われた「気骨」
なぜ日興証券がこのような状況に陥ってしまったかというと、日興証券の歴史と関わりがあります。
日興証券は元々は純粋な日系の「日興証券」だったのですが、1999年に外資の投資銀行であるシティーグループと合弁し、日興ソロモン・スミス・バーニー証券というものを立ち上げ、外資の道を歩み始めます。
外資なので、元々いた人材が出て行ったり、外部から給料の高い人が入ってきたりして、人材の入れ替えが進みました。
その中で元々あった「日興証券」というプライドは失われていってしまったというところがあります。
やがて会社の名前は「日興コーディアル証券」となり、私が証券業界にいた時がこの頃です。
しかし、結局シティーグループが手を引くこととなり、日興証券が再び売りに出されます。
ここで手を挙げたのが三井住友銀行系列のSMBCフィナンシャルグループです。
銀証連携で野村證券や大和証券などの大手証券会社に対抗していこうということで銀行の傘下に入ります。
純然たる日系証券会社というところから、外資、そして銀行傘下と、この流れの中で人材が抜けたり、逆にガツガツ儲けようという人が入ってきたりと社内は落ち着かなかったのではないかと思います。
私も横から見ていて人材の動きを強く感じていました。
三井住友はかなりガツガツした社風で、野村証券大和証券に匹敵する、あるいはそれ以上になろうと、プロパーの人材がいなくなってしまっていたこともあり、外資などから新しい人材をどんどん招いてくるわけです。
そうやっていくうちに、今回最初に逮捕された山田誠容疑者のような人物も現れてきたのです。
この人物はブルームバーグのインタビュー記事にも「儲けることが正義」というような思想が見え隠れしています。
証券業界にはこういった”儲け至上主義”の人がけっこういます。
資本主義なのでそれは当然なのですが、まともな会社であればそれをきちんとけん制・規制するものです。
外資系でも例えばゴールドマンサックスなどの立派な証券会社、投資銀行は脈々とやってきているのです。
しかし、SMBC日興証券に関してはこれまでの経緯にもあった通り、元々いた人材が抜けたり外資から入ってきたり、上の席に銀行の人が付いたりしました。
今回逮捕された副社長も三井住友銀行の出身です。
銀行出身の人たちは正直証券業務のことには疎く、実際に中で行われていることがどれだけおかしな危険なことか分かっていなかったのではないかと思います。
そうやってガバナンスが緩くなっていく中で起きたのが今回の事件ということになります。
私自身、業界にいながら日興証券に対しては”根無し草”というか、あまり良い印象は持っていませんでした。
他の証券会社が全く問題ないかというと断言はできませんが、日興証券ほど悪くはないと思います。
個人投資家にもチャンスが舞い込む!(かも)
では、今回の事件は個人投資家にどのような影響があるでしょうか。
少なくとも相場操縦という罪は大きいですが、証券会社は投資家をエサに儲けようとするものではないので直接的な影響は小さく、むしろポジティブな影響の方が大きいと考えています。
ブロックオファー取引は印象が悪くなったので当面は消極的になると思われますが、一方でたくさん株を売りたいというニーズがあるのも事実です。
そういったときに証券会社が使う可能性があるのが「立会外分売」というものです。
ブロックオファーの仕組みと似ているのですが、大株主が株をたくさん売りたいときに、証券会社を通じてその当日の終値より少し安く買えるようにするというものです。
この立会外分売には個人投資家も応募することができ、抽選に当たれば買うことができます。
その後の株価がどうなるかは分かりませんが、少なくともその日の終値より安く買えるチャンスということで、個人投資家にとってもおいしい話だと思います。
狙っている株がこういう形で売られているなら立会外分売にも挑戦してみてはいかがでしょうか。
証券会社のルールは厳しいようで、実は明文化されていなくて緩い部分があります。
そういった部分をカバーしているのが倫理やモラルです。
今回のSMBC日興証券のようにならないよう、私自身も改めて身を引き締めてモラルを持って日々の業務を行って参ります。
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