2023年にまさかの親子丼40円「値下げ」を選択する「なか卯」―ゼンショーHDのしたたかな戦略

23年4月5日、丼ぶりと京風うどんを提供する「なか卯」が、主力製品の親子丼を40円値下げすると発表しました

出典:なか卯ホームページ

Twitterでの反応は「値下げありがとう。値上げの時代にありがたい話」と好評です。

今回は歴史的な卵価格高騰の最中にもかかわらず、なぜなか卯が値下げを行ったのかについて、その仕組みや狙いを考察していきたいと思います。

ゼンショーホールディングスは様々な分野の外食産業をチェーン展開している

なか卯は国内大手の外食チェーンであるゼンショーホールディングス(以下ゼンショーHD )が運営しています。ゼンショーHDは牛丼のすき家となか卯やファミリーレストランのココスやビックボーイなどを子会社に含んでおり、外食産業の幅広い経営をおこなっています。

出典:ゼンショーホールディングスHP

ゼンショーHDは1982年に弁当の販売事業から創業しました。その後、すき家やココスを新規事業に加え、その後もM&Aを通じて成長してきた会社です。

出典: ゼンショー各年度有価証券報告書より作成

主なセグメントは4つに分かれており、最も売上高が大きいのは牛丼セグメントです。

  1. 牛丼:すき家となか卯
  2. レストラン:ココスやビックボーイなど
  3. ファストフード:はま寿司など
  4. 小売事業:ジョイマートやマルヤなど

出典:22年3月期有価証券報告書より作成

以上のように、ゼンショーHDは様々な分野の外食産業をチェーン展開しており、なか卯もその中に含まれていることがわかります。

なぜ、なか卯は親子丼を値下げできるのか?

ではなぜなか卯は親子丼の値下げを打ち出したのでしょうか?

そこには大きく3つの理由があると考えます。

理由1 なか卯はゼンショーHDの中核事業ではないから

ゼンショーHDは牛丼セグメントを中核事業としていますが、その中でなか卯よりもすき家がより重要だと考えられます。その理由は、両社の店舗数です。すき家はなか卯よりも多くの店舗を展開しており、ゼンショーHDにおいてより強い存在感を持っています。

出典:22年3月期有価証券報告書より作成

両社の収益の内訳は公開されていないため、あくまで推測になりますが、店舗数に大きな差があるため牛丼セグメントの多くを稼いでいるのはすき家なのであると考えられます。従って値下げで失敗してもゼンショーHDにはそこまで大きなダメージにはならないためであると考えます。

もしもなか卯が独立した企業だった場合、もし値下げに失敗して大きな赤字になってしまったら、致命的なダメージになる可能性があります。ゼンショーHDの一部だからこそ、このような戦略を展開できるのだと考えます。

理由2 なか卯と契約している農家の卵は鳥インフルエンザの影響を受けていないから

2023年現在、世界各国で鳥インフルエンザが流行しており、日本でも採卵鶏の飼育数の1割を超える鶏が殺処分になっているようです。しかし、ゼンショーホールディングスが契約している農家は未だ鳥インフルエンザに感染しておらず、供給が安定しているようです。もしこれが契約農家からの直接仕入れでなかったとしたら、鶏卵価格高騰の影響は避けられなかったでしょう。ここで、ゼンショーHDの規模や垂直統合効果が発揮されていると言えます

参考:東洋経済

理由3 広告効果が期待できるから

ただいくらダメージが小さいとは言っても、値下げは一時的には企業の業績にマイナスの影響をもたらすでしょう。しかし、このマイナス要因を広告効果で補える可能性があります。それも単なる15秒、30秒のCMではなく、数分間にもわたってテレビで流れる可能性があるのです。

卵を使う外食産業の多くが値上げや卵商品の販売休止を行っている中、なか卯が値下げを実施したことは非常に珍しい事例です。この事例を様々なメディアが報道しています。

日本テレビ『news every』、TBS『THE TIME,』『ひるおび』『Nスタ』『news23』、フジテレビ『めざましテレビ』『Live News イット!』、テレビ朝日『スーパーJチャンネル』、さらに日本経済新聞、読売新聞など、大手メディアのほとんどが、このニュースを報道しています。

大手メディアの多くが報道し、広告効果が期待でき、顧客の来店や売り上げの増加につながる可能性があります。

以上のように、企業の規模と安全管理、宣伝効果を総合的に考えて「値引き」に至ったのだと想像します。

親子丼値引きは本当に効果があるのか?

ただ、単に値下げするだけでは利益が上がることは少ないと考えられます。そこで、今後なか卯がどのような戦略を取るかを考えてみましょう。

まず、商品価格が下がった場合に何が起こるかを確認する必要があります。そのために、過去の牛丼価格競争の歴史を参考にすることができます。

牛丼の価格競争は何をもたらしたのか?

我々消費者は牛丼=安い、というイメージを持っているのではないでしょうか?しかし企業にとっては薄利多売のビジネスを強いられる事になります。つまり、価格競争は牛丼業界の利益率の低下をもたらした、と考えられます。例えば吉野家と松屋の牛丼一杯の価格と利益の推移を確認すると、収益が伸び悩んでいることがわかります。

参考:各社有価証券報告書と値上げ備忘録より作成 

この結果、牛丼チェーン各社は選択と集中を迫られます。

  • 吉野家:牛丼に注力
  • 松屋:カレーや期間限定商品
  • すき家:牛丼にトッピングする

このように値下げした商品の一本足打法では利益が伸びづらい状況であるため、豚丼やカレー、トッピングなど、値下げした商品に付加価値をつけて利益を狙う戦略が採用されています。

実際に、コロナ前は松屋が吉野家に比べて利益率・額ともに高いことから、いずれなか卯もトッピング親子丼などで利益率を高めていく可能性があります。あるいは、顧客が増えたころで再値上げを行えば、売上利益共に伸ばすことも可能でしょう。

物価高が叫ばれるご時世において、逆張りの値下げを打ち出し、顧客を獲得した後に徐々に利益を上げていく、非常にしたたかな戦略だと考えます。

「親子丼といえばなか卯」のポジションを確立できるか?

実は、ある調査によると、親子丼チェーン店のランキング首位は、なんと弁当チェーンの「ほっともっと」であることがわかっています(参考:ビジネスビジネスジャーナル)。

この結果は個人的には意外でしたが、逆に考えると、「親子丼と言えばこれ」というチェーン店が存在しないと捉え、未開拓の市場としても捉えることができます。

40円値下げの広告宣伝効果で顧客を増やし、将来的には値上げや新しいメニューの追加をすることが想像されます。牛丼といえば吉野家、衣服といえばユニクロのように、「親子丼といえばなか卯」となるようなブランドを確立することができれば、新規市場開拓につながり、ゼンショーHDの利益の一端を担う企業になるかもしれません。

最後に株価を見てみましょう。

出典:株探

23年4月現在の株価は過去最高値圏にあり、コロナ禍以前5年間の平均利益に対するPERは約80倍と、今から投資するには難しい状況です。しかし100株保有すると1,000円のグループ商品券がもらえるなど株主優待も取り扱っています。この優待に対する需要が株価を押し上げる要因にもなっているのかもしれません。

ゼンショーグループには様々なジャンルの飲食店があり、一つの優待で様々な味を楽しめることが、ここのメリットとも言えます。株主優待でなか卯の親子丼を食べれば、より美味しくお得に食べられる実感を持てるかもしれませんね!

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執筆者

執筆者:佐々木 悠

佐々木 悠(ささき はるか)

つばめ投資顧問 アナリスト 1級ファイナンシャル・プランニング技能士
東北学院高校、東京理科大学経営学部卒業。
協同組織金融機関へ入社後、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。
銀行勤務時は投資信託を用いた資産形成提案や多重債務者への債務整理業務に従事。
2022年につばめ投資顧問へ入社。

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