KADOKAWAの株価が急落しています。
出典:株探 日足チャート
6月9日に自社の複数のウェブサイトが利用できない事象が発生したと発表され、その後株価が下がり続けています。今回はKADOKAWAが受けているサイバー攻撃についてまとめ、業績に対する影響を決算を見ながら考察します。
サイバー攻撃の内容
2024年6月8日早朝、KADOKAWAグループの複数のサーバーでアクセス障害が発生し、子会社が運営する動画サイト「ニコニコ動画」などが利用できなくなりました。調査の結果、ランサムウェアと呼ばれるウイルスによる大規模なサーバー攻撃を受けたことが判明しました。KADOKAWAは繰り返されるサイバー攻撃から身を守るため、電源ケーブルや通信ケーブルを物理的に引き抜き、サーバーを封鎖する事態に追い込まれました。
現在、自社のホームページやニコニコ動画が見れないだけでなく、最大の収益源である出版関連のシステムも使えない状態です。KADOKAWAは書店専用の直接発注システムや自社のデジタル工場を有していますが、一時的に稼働停止しています。現在、在庫のない商品について書店側の発注に対し数量や種類を限定してアナログで対応しています。システムの停止が長引くほど書店での欠品による機会損失は膨らみます。さらに、攻撃を受けたデータセンターには経理関係のシステムも含まれており、一部の取引先に対して支払いの遅延が生じる可能性もあります。
この一連のサイバー攻撃によって、ニコニコ動画の復旧には1ヶ月以上、それ以外のシステム関係も6月末を目途に復旧を目指しています。
業績への影響は?
ニコニコ動画に関するサブスクリプション収入の減少に加え、書籍販売の減少などのマイナス影響があります。さらに、システム構築に関するコストも必要ですし、KADOKAWAあるいはニコニコ動画を運営するドワンゴに対するブランドイメージの低下、顧客離れも考えられます。ネット上ではKADOKAWAを応援する声も聞かれますが、非常に厳しい現状にあります。
2024年3月時点で800億円近い現金を保有しているため、倒産する確率は低いと考えていますが、被害額の試算には至っていない状態です。
出版が主力、ゲームの大ヒットも
KADOKAWAは、さまざまなメディアコンテンツを制作・配信する企業です。以下の主要な事業があります。
- 出版・IP創出:本や雑誌、電子書籍を出版し、多くのベストセラーを輩出。電子書籍プラットフォーム「BOOK☆WALKER」を通じて、グローバルな読者にリーチしている
- アニメ・実写映像:アニメや映画を制作・配信し、国内外での展開を強化中。高品質なアニメ制作を行い、国際市場での販売も行っている
- ゲーム:スマートフォン向けゲームやコンソールゲームを開発し、メディアミックスによる収益の最大化を図っている。代表作は『ELDEN RING』など
- Webサービス事業:動画配信プラットフォーム「ニコニコ動画」やライブイベントの運営を通じて、オンラインコミュニティを活性化させている
- 教育・EdTech:「N高等学校」や「S高等学校」といったオンライン教育の提供や専門学校の運営
最大の収益源は、出版・IP創出事業です。2024年3月期は同事業が売上全体の約60%を占めました。
出典:決算短信より作成
売上の推移を見てみましょう。
出典:決算短信より作成
2020年まではゲームとアニメ事業が一本化されていましたが、セグメント変更により分かれています。細かいセグメント変更はあっても売上の中心は出版事業です。利益の推移も確認してみます。
出典:決算短信より作成
2018年から2019年にかけて利益が減少していますが、その一因がWebサービス事業(ニコニコ動画)です。有料会員の減少やシステム開発費負担などが影響しました。
しかし、コロナ禍に発売された『どうぶつの森』の攻略本がヒットし、書籍を中心に利益が拡大しました。ニコニコ動画についても事業構造改革を進め、外注費や通信費の削減などでWebサービス事業も黒字に転換しています。
最も目立つのは2023年のゲーム事業の大幅成長です。KADOKAWAの子会社フロムソフトウェアが開発した『ELDEN RING』が世界的なヒットを記録しましたことで、利益が成長しました。しかし、ゲーム事業は一度ヒットを生み出しても長続きするとは限りません。
2024年3月期はゲーム事業が大ヒットの反動で利益が減少し、出版事業も販売が伸びませんでした。出版事業の不調は、急激な需要増の反動による書店の発注抑制や返品増加が影響しています。国内出版市場の縮小傾向もあります。電子書籍プラットフォームを保有していますが、市場縮小をカバーするには至っていません。
これが目先の利益が下落している要因です。
IP戦略で成長できるか
社長の夏野剛氏は、KADOKAWAを以下のように述べています。
我々として、出版社とは考えてなく、IPクリエーション企業と位置付けています。紙や電子で文章として書いていく物、(漫画を含め)がIPの源泉になることが多い。
この考えが根本にあり、KADOKAWAの2024年3月期から2028年3月期までの中期経営計画の大きなテーマはIP活用の最大化です。
出典:中期経営計画
KADOKAWAの代表的なIPとして、『Re:ゼロから始める異世界生活』、『ソードアート・オンライン』、そして『ELDEN RING』が挙げられます。
KADOKAWAのIPの強みとして、異世界もののIPが人気です。例えば『ELDEN RING』は、緻密に作り込まれた強力な世界観を持っているため、映像化、書籍化、漫画化など幅広いIP戦略が考えられます。
また、グローバル流通力の拡大というテーマもありますが、KADOKAWAの海外売上比率は20%と決して高くはありません。しかし2021年10月、中国のテンセントと資本業務提携を結び、特に中国市場でのグローバル展開を進めています。
こういった独自の世界観がKADOKAWAのIPの特徴であり、これが今後日本、世界でどこまで受け入れられるか?が成長の大きな鍵になりそうです。
KADOKAWAに投資すべき?
最後にもう一度株価の推移を見てみましょう。
出典:株探 月足チャート
過去10年間の平均PERは30倍です。そして2024年6月19日現在のPERは29.9倍であり、過去平均と比べて大きく割安ではありません。
当然サイバー攻撃はマイナスの影響が大きいわけですが、プラス要素を考えるのであれば、オワコン化していたニコニコ動画が注目されるきっかけとなったとも言えます。ニコニコ動画全機能が使えない代わりに、2008年前後にヒットした過去動画をランダムに10本で視聴できるサービスを仮として公開しています。
出典:ニコニコ動画(Re:仮)
これがネット上で注目され、ニコニコ動画のサブスクサービス需要がやや戻る可能性も考えられます。
(とはいえ売上に占める比率はわずか10%ですから、あまり影響がない可能性も当然考えられます)
会社の経営戦略をもとにKADOKAWAを評価するのであれば、異世界もののIPに対する期待が挙げられます。まずはそこを評価できるかどうかが投資判断の軸の一つになるでしょう。
2025年3月期の業績見通しは、売上高が前年比プラス5.1%の2,700億円、営業利益はマイナス10%の165億円を見込んでいます。業績予想の最大の要因は、ゲーム事業の減益です。これは『ELDEN RING』の急拡大による反動の影響です。
一方、主力の出版・IP創出事業は売上が前年比プラス9.5%、営業利益が前年比プラス28%の予想です。電子書籍が市場の成長を上回るペースで成長する見込みです。
なお、この業績予想にはサイバー攻撃の影響は含まれていません。サイバー攻撃の影響が長引けばさらに業績が悪化する可能性が高まります。また、バリエーション上も決して割安とは言えない状況です。そのため、今すぐに投資するのは難しい状況にあると考えています。このサイバー攻撃を経てKADOKAWAがどのように成長するのか、今後も注目していきたいと思います。
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執筆者
佐々木 悠(ささき はるか)
つばめ投資顧問 アナリスト 1級ファイナンシャル・プランニング技能士
東北学院高校、東京理科大学経営学部卒業。
協同組織金融機関へ入社後、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。
銀行勤務時は投資信託を用いた資産形成提案や多重債務者への債務整理業務に従事。
2022年につばめ投資顧問へ入社。
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プレゼント③『YouTubeプレゼン資料』
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KADOKAWAのIP. IPの意味を解りやすく教えてください。