今回は国内大手のビールメーカー、キリンホールディングス(以下、キリン)を分析します。株価は2018年にピークをつけた後、2,000円前後でほぼ横ばいです。
出典:株探 月足チャート
しかし、24年7月現在の配当利回りは3.4%と高い水準であり、PERは約13倍と低い水準にあります。今回はキリンを詳しく分析し、今から投資して良いのかを考えていきます。
飲料以外の事業も手掛けている
まずはキリンの事業内容を解説します。飲料メーカーとして有名なキリンですが、実は様々な事業を行っています。
- 国内ビール・スピリッツ事業:麒麟麦酒株式会社を中心に、日本国内でビール、発泡酒、新ジャンル、洋酒などの製造・販売
- 国内飲料事業:キリンビバレッジ株式会社を中心に、日本国内で清涼飲料の製造・販売
- オセアニア酒類事業:LION PTY LTDを中心に、オセアニア地域などでビールや洋酒の製造・販売
- 医薬事業:協和キリン株式会社を中心に、医薬品の製造・販売
- ヘルスサイエンス事業:健康食品やサプリメントなどのヘルスサイエンス分野の製品を提供
23年12月期の売上の構成比率を見ると、国内ビール・スピリッツおよび飲料事業で約35%(濃い青が国内飲料)、オセアニア酒類が約10%、医薬とその他に含まれるヘルスサイエンス事業が45%を占めています。従って、私たちがイメージしている飲料の販売に加え、医薬やヘルスサイエンスの分野も重要な事業であることがわかります。
出典:マネックス証券
業績の長期的な推移を見てみると、営業利益は2017年をピークに縮小しています。この理由はオーストラリアの子会社であるライオンがビール販売競争から販促費が膨らんだことや、異常気象により牛乳の仕入れ価格が高騰し原価率が上昇したこと、さらに対豪ドルの円高の影響もありました。しかし、現在は回復傾向にあります。
出典:マネックス証券
この利益成長がどこまで続くのかが大きなポイントになりそうです。キリンの過去の成長の歴史を見ると、そのヒントが見えてきます。
ビール事業では「敗北」
キリンは歴史ある会社であり、1907年にキリン麦酒として設立されました。その後、各種清涼飲料水の製造販売や小岩井農業の設立、オランダのハイネケンと協力しハイネケンジャパンを設立するなど、飲料商品を拡充していきました。キリンは国内飲料メーカーの中で、長年にわたって売上高トップの圧倒的な有力企業でした。
しかし、2010年代後半になると、サントリーやアサヒの猛追を受け、現在は売上高で国内第3位に転落しています。
出典: SPEEDAより作成
キリンは国内のビールシェアも縮小しています。アサヒスーパードライがヒットしたことなどが影響しシェアは50%から約30%へ低下、圧倒的なトップ企業ではなくなったのです。
出典: NHK サクサク経済
それに加え、国内ではビール消費量が減少しています。
出典: alcholog
これは人口減少の影響もありますが、焼酎やワイン、サワー、ハイボールなど飲み手の選択肢が広がったことにより、ビールの相対的な需要が減少してきたことも影響しています。
この競合他社の台頭と国内市場の縮小により、キリンの国内飲料売上は長期的に右肩下がりです。しかし、事業別の売上高推移を見てみると、国内飲料の低迷をカバーしているのが医薬関係の事業や海外事業です。
出典: SPEEDAより作成
この国内市場の縮小は不可逆の傾向であるため、キリンの現在から今後を考える上では、海外の動向や周辺事業が重要な成長源と言えるでしょう。
飲料事業は現在のグループ経営を支えていますが、人口減少や消費者の価値観の変化により 市場が縮小していく事は以前より予測していました。だからこそ、医薬事業にチャレンジし、ここまで成長させてきたのです。さらに、今後の10年、 20年先までの未来を見据えたときには、ヘルスサイエンス事業を第3の柱に育てていくことが当社グループの成長をより確実にすると考えています。
キリンホールディングス株式会社CEO 磯崎功典 統合報告書より引用
M&Aで多角化と海外展開を加速
キリンは2000年から2010年代にかけて、海外の飲食関係企業を買収することで海外展開を加速させました。アジア・オセアニア地域を重要市場とし、オーストラリアで酒類・飲料事業を展開しているライオンをはじめ、ミャンマー・ブルワリー(2022年ミャンマーの内戦の影響で撤退)などを買収しながら海外展開を進めていきました。また、2008年には、協和発酵工業株式会社とキリンファーマ株式会社が合併し、協和発酵キリン株式会社(現、協和キリン)を設立するなど、医薬事業も展開していきました。
飲料メーカーであったキリンがバイオ医薬に参入できた背景には、ビールは酵母の働きによって味などが変わるため、生命体の生化学的な発酵メカニズムを探求していたことがあります。医薬品参入前にも、酵素やアミノ酸の製造販売実績があり、研究成果は生理学の薬剤開発まで及んでいました。既存の事業と親和性が高かったのがこの医薬事業なのです。
この海外M&Aと協和キリンの設立によって、多角化とグローバル化を達成してきました。
出典:統合報告書 海外子会社一覧
本稿冒頭で営業利益はV字回復していると説明しましたが、その成長元となっているのが医薬事業、つまり協和キリンの利益成長です。
出典:SPEEDAより作成 セグメント間取引による調整は考慮していない
この協和キリンの最大の収益源は、Crysvita(クリスビータ)という希少疾患のための新薬です。2018年4月から欧州・米国で販売を開始し、希少疾患(FGF関連低リン血症性くる病)に直接作用する世界初の医薬品として利益を伸ばしています。当面は特許切れの心配もなく、しばらくは貴重な収益源となるものと予想されています。
キリンが掲げる今後の成長事業
キリンが今後の成長ドライバーとして掲げているのが、健康(ヘルスサイエンス)におけるビジネスです。既存事業で培った「発酵・バイオ技術」を基に、免疫、脳、腸内環境を重点領域と定め、新たな事業の柱とする目的です。
2023年にオーストラリアのブラックモアズを買収し、アジアパシフィックを中心としたグローバルでの成長戦略を実行していく体制が整いつつあります。さらに、2019年に資本業務提携を締結していたファンケルを完全子会社化することで、この健康領域でのビジネスを強化していく方針が伺えます。
出典:統合報告書
キリンが健康領域を重点領域とする理由は、コロナ禍で健康や免疫への関心が高まったことに加え、同社の大きな経営テーマであるCSV経営が関係しています。CSVとはCreating Shared Valueの略で、ざっくりと説明すると「社会課題を解決することを重視しながらも、自社の経済的な利益につながる」というものです。CSVの考え方をもとにすると、確かに健康事業は社会貢献につながりつつ、自社の利益を伸ばせる可能性があるでしょう。この社会的課題を解決したいという考え方に共感していることも、長期投資していく理由の一つになるかもしれません。医薬事業に加え、このライフサイエンス事業が成長していくことが期待されます。
配当金は大丈夫?
キリンに投資している方、これから投資される方は配当金に関心があるかもしれません。実はキリンは1907年の創立以来、毎期欠かさず配当を継続しており、利益の40%以上を配当に回す方針です(配当性向40%以上)。
出典:マネックス証券
2019年から2021年にかけて、大幅に減益していながらも配当金は減配とはなりませんでした。当時の配当性向は90%近い高水準でありながら、配当を実施したことから、配当金を減らさないという強い意思も感じられます。
過去の状況から、減配しづらいことは見て取れます。しかしながら、今後配当金が増えていくには、やはり業績の成長が重要です。
今後の成長の期待となる要素をまとめます
- 堅調な医薬事業(協和キリン)の貢献
- ヘルスサイエンス事業の利益拡大
- 消費者の健康志向の高まり
一方で、マイナスとなる要因もあります。
- 国内酒類消費量の縮小
- 主力医薬品の売上低迷(収益源のクリスビータは2030年ごろ特許切れとなる予想)
- 小林製薬紅麹問題による、健康食品へのイメージの悪化
現状は、医薬事業が業績を牽引していますが、中長期的にはヘルスサイエンス事業がどのように成長していくかがポイントになると考えます。今後もチェックしていきたい企業の1つです。
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執筆者
佐々木 悠(ささき はるか)
つばめ投資顧問 アナリスト 1級ファイナンシャル・プランニング技能士
東北学院高校、東京理科大学経営学部卒業。
協同組織金融機関へ入社後、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。
銀行勤務時は投資信託を用いた資産形成提案や多重債務者への債務整理業務に従事。
2022年につばめ投資顧問へ入社。
プレゼント①『株式市場の敗者になる前に読む本』
プレゼント②『企業分析による長期投資マスター講座』第一章
プレゼント③『YouTubeプレゼン資料』
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>>研究成果は生理学の薬剤開発まで及んでいました。
使い慣れない言葉『生理学』、学んだこともないと思われる言葉『生理学』を見つけると、
読者にとって門外漢の分野の個所の文章もフィーリング書いているよう感じてしまう。
ご指摘いただきありがとうございます。確かに『生理学』という言葉は一般的に馴染みが薄いかもしれませんので、読者にとってわかりやすく伝えるために工夫が必要と感じました。次回からは、専門用語を使用する際にはその説明を加えるなどして、より親しみやすい記事作りに努めたいと思います。貴重なフィードバックをいただき、感謝いたします。