伊藤忠商事の株価が三菱商事や三井物産より堅調なワケ

日本の大手商社3社の株価動向に市場の注目が集まっています。

過去6ヶ月の株価チャートを見ると、伊藤忠商事(8001)の株価が三菱商事(8058)や三井物産(8031)を大きく上回る堅調な推移を示しています。特に7月以降8月初旬の急落局面でも他社より底堅さを見せ、その後の回復も顕著です。

出典:Yahoo!ファイナンス

なぜ伊藤忠商事だけがこれほどの強さを見せているのか。非資源分野に強みを持つ同社の経営戦略と、投資家からの高い評価の背景に迫ります。

伊藤忠商事の特徴と強み

伊藤忠商事は、日本を代表する総合商社の一つで、幅広い事業領域で活動しています。同社の事業は主に8つのセグメントに分かれています。

  1. 繊維カンパニー: アパレル関連の原料調達から製品製造、ブランドビジネスまでを手掛けています。CONVERSEやHUNTING WORLD、LANVIN、Reebokなど多数の有名ブランドの日本における事業を展開しています。
  2. 機械カンパニー: 自動車、船舶、航空機、産業機械などの分野で事業を展開しています。特に北米での自動車ディーラー事業や、再生可能エネルギー事業に注力しています。
  3. 金属カンパニー: 鉄鉱石や石炭などの金属資源の開発・トレーディング、鉄鋼製品の流通などを行っています。オーストラリアでの鉄鉱石事業が主力です。
  4. エネルギー・化学品カンパニー: 原油・ガス開発、石油製品トレーディング、化学品製造・販売などを手掛けています。アゼルバイジャンでの原油開発プロジェクトや、LNG事業などが注目されています。
  5. 食料カンパニー: 食品原料の調達から、加工、製造、流通まで幅広く事業を展開しています。Doleブランドの青果物事業や、畜産関連事業が主力です。
  6. 住生活カンパニー: 建設・不動産、物流、保険など、生活に関わる様々な分野で事業を展開しています。北米での建材事業や、欧州でのタイヤ小売事業などが注目されています。
  7. 情報・金融カンパニー: IT関連サービス、ベンチャー投資、金融サービスなどを提供しています。特にITサービス事業を展開するCTC(伊藤忠テクノソリューションズ)が主力です。
  8. 第8カンパニー: 生活消費関連分野に特化し、新たな価値創造を目指しています。特にコンビニエンスストア大手のファミリーマートを中心とした事業展開が注目されています。

伊藤忠商事の最大の強みは、非資源分野、特に消費者に近い川下ビジネスに強く注力していることです。この戦略により、資源価格の変動に左右されにくい安定した収益基盤を構築しています。

具体的には、ファミリーマートを中心とした小売事業、Doleブランドを活用した食品事業、北米での自動車ディーラー事業などが主力となっています。これらの事業は、日常生活に密着しており、景気変動の影響を受けにくいという特徴があります。

伊藤忠商事の強みとして、リスク管理能力も挙げられます。多様な事業ポートフォリオを持つことで、特定の分野や地域のリスクを分散させています。また、財務健全性を重視し、投資と財務のバランスを慎重に管理しています。

グローバルなネットワークも伊藤忠商事の強みです。世界各地に拠点を持ち、地域に根ざした情報収集と事業展開を行っています。特に、CITICとの提携による中国市場へのアクセスは、他社との差別化要因となっています。

出典:伊藤忠商事 2023年度 決算説明資料

「非資源」No.1商社

伊藤忠商事、三菱商事、三井物産は、日本を代表する総合商社ですが、その事業戦略と強みには明確な違いが見られます。

伊藤忠商事の最大の特徴は、非資源分野、特に消費者に近い川下ビジネスに強みを持つ点です。

三井物産は、資源・エネルギー分野で特に強みを持っています。鉄鉱石や石油・ガス開発などの資源事業が同社の収益の大きな柱となっています。特に、オーストラリアやブラジルでの鉄鉱石事業は世界有数の規模を誇ります。一方で、「強い」資源ビジネスと「厚み」のある非資源ビジネスのバランスも重視しており、ヘルスケアやニュートリション、モビリティなどの新分野への投資も積極的に行っています。事業投資を通じた付加価値創造に力を入れ、投資先の経営に深く関与する姿勢が特徴的です。

三菱商事は、エネルギーと非資源分野でバランスの取れた事業展開を行っているのが特徴です。天然ガスを中心としたエネルギー事業は重要な位置を占めていますが、自動車関連事業や食品流通事業など、非資源分野での展開も幅広く行っています。近年は、電力事業やデジタル技術を活用した新規事業開発にも注力しており、総合的な事業ポートフォリオの構築を目指しています。

このように、伊藤忠商事が消費者に近い非資源分野に注力し、三井物産が強い資源ビジネスを基盤としつつ新分野にも積極投資、三菱商事がエネルギーと非資源のバランスを重視という形で、各社の戦略の違いが明確に現れています。

伊藤忠商事の株価が堅調なワケ

足元で、世界の景気動向に対する懸念が高まっています。景気動向は、資源価格や為替水準に大きな影響を与えます。

このような状況下、三菱商事や三井物産など、伝統的に資源・エネルギー分野に強みを持つ総合商社は、業績の変動リスクにさらされやすい構造にあります。両社は鉄鉱石や石油・ガス開発事業などで高い収益を上げてきましたが、同時にこれらの事業は外部環境の変化に大きく影響を受ける傾向があります。

一方、伊藤忠商事は他の大手商社と比較して、非資源分野、特に消費者に近い川下ビジネスに強みを持っています。これらの事業は、資源価格の変動や為替の影響を直接受けにくく、また景気後退時でも需要の急激な落ち込みが比較的少ないという特徴があります。

このような事業構造の違いが、現在の不確実な経済環境下で投資家の評価に影響を与えていると考えられます。資源価格の下落や円高への懸念、さらには世界的な景気後退のリスクが高まる中で、伊藤忠商事の非資源分野に重点を置いた事業ポートフォリオは、相対的に安定した収益が期待できるものとして評価されています。

結果として、伊藤忠商事の株価は他の大手商社と比較して堅調な推移を示しています。非資源分野への注力が、現在の株価の相対的な強さにつながっていると言えるでしょう。

伊藤忠商事の課題

このように、伊藤忠商事の非資源分野への注力戦略は、確かに安定した収益をもたらしています。しかし、この戦略には課題も存在します。

非資源分野、特に消費者に近い川下ビジネスは、確かに景気変動や為替の影響を受けにくいものの、資源ビジネスのような爆発的な利益成長を期待することは難しい分野です。資源価格が上昇局面にある時、三菱商事や三井物産のような資源分野に強みを持つ商社は、大幅な増益を実現する可能性があります。

また、非資源分野は、商社が伝統的に強みとしてきた「グローバルネットワーク」を十分に活かしにくい分野でもあります。商社の強みは、世界中の情報と人脈を駆使して新たなビジネスチャンスを見出し、複雑な取引をまとめ上げる能力にあります。しかし、小売業や食品事業などの非資源分野では、このような商社固有の強みが発揮しづらい面があります。

さらに、伊藤忠商事のこれまでの業績拡大の多くは、子会社の業績取り込みによるものでした。ファミリーマートの完全子会社化や、他の主要子会社の持分比率引き上げにより、連結純利益を大きく伸ばしてきました。しかし、この戦略にも限界があります。主要子会社の取り込みが一段落した後は、新たな大型M&Aや事業投資を行わない限り、大幅な業績拡大は見込みにくくなります。

加えて、子会社の取り込みによる成長は、必ずしも伊藤忠商事自体の事業創造力や収益力の向上を意味するものではありません。むしろ、既存事業の利益を単に連結ベースで取り込んでいるに過ぎないという見方もできます。

このような観点から、伊藤忠商事の現在の好業績と株価の堅調さが今後も継続するかどうかは不透明です。今後は、新たな成長ドライバーの発掘や、商社としての強みを活かせる新規事業の開拓が求められるでしょう。

出典:マネックス証券

割高感は特にない

伊藤忠商事の株価指標を分析すると、現在の株価水準は特段割高とは言えない状況にあります。PERは12.4倍と、一般的な成長企業の水準と比較して穏当な範囲内にあります。また、PBRも1.91倍と、純資産に対して極端な割高感はありません。

一方で、非資源分野に注力する戦略により資源価格の変動や景気後退の影響をある程度緩和できる可能性はありますが、完全に免れることは困難です。

また、これまでの業績拡大が子会社の取り込みによる部分が大きかったことを考えると、今後の大幅な成長には新たな成長ドライバーの発掘が必要となるでしょう。今から買っても悪くありませんが、大きな期待はせず保有するくらいが良いかも知れません。

執筆者

執筆者:栫井 駿介

栫井 駿介(かこい しゅんすけ)

つばめ投資顧問 代表
株式投資アドバイザー、証券アナリスト
ビジネス・ブレークスルー(株)「株式・資産形成実践講座」講師

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1 個のコメント

  • 伊藤忠の業績が、三菱商事、三井物産と比して、堅調に推移している理由が解り易かったです。

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