今回は、日本の通信業界の巨人、NTTグループの最近の動きについて深掘りしていきます。
直近で、NTTはNTTデータを完全子会社化しました。さらに、NTTグループの傘下にあるドコモは、住信SBIネット銀行を連結会社化し、かつSBIグループと資本業務提携を締結するという大きな動きを見せました。これらの積極的な動きには一体どのような狙いがあるのでしょうか? そして、この過程で起きたSBIグループ(SBIホールディングス)との交渉には、どのような思惑が隠されていたのでしょうか?
目次
NTTデータ完全子会社化の真意とは?親子上場解消と成長鈍化への一手
まず、2025年5月上旬にあったNTTデータ完全子会社化の話から始めましょう。
NTTデータは元々NTTの子会社で、上場しています。NTTが57%程度の株式を保有し、残りの43%程度が市場に流通していたのです。これを買い取り、完全子会社化することで、NTTデータは上場廃止されることになりました。
こうした買収の際には、市場価格に”買収プレミアム”が上乗せされるのが一般的で、相場は約30%程度です。NTTデータの場合も、このプレミアムを受けてNTTグループによって高い価格で買い取られました。結果的に、NTTデータの株主にとってはラッキーな展開となり、実際に6ヶ月で36%のプラスとなりました。
親子上場解消はトレンド?その背景にあるガバナンス問題
実は、このように親会社が上場している子会社を買い取り、親子での重複上場を解消する動きは、NTTだけでなく日立グループやイオングループなど、他の大企業でも相次いでいます。
この背景の一つにあるのが、ガバナンスの問題です。親子で上場している場合、子会社が形式上独立していても、親会社が過半数の議決権を持っている(NTTデータの場合は57%)状況です。こうなると、親会社に有利な取引が行われた際に、子会社の少数株主が不利益を被る可能性があります。このような事態は望ましくないという考えから、完全に売却するか、あるいは上場を廃止してグループ内に取り込むか、という流れが続いています。
NTT本体の成長鈍化という切実な事情
しかし、NTTデータの子会社化には、こうした一般的なガバナンス強化の理由に加え、NTT本体のより切実な事情があったと考えられます。
NTTの業績を振り返ってみると、2015年頃から順調に伸びていましたが、2023年3月期をピークに営業利益がやや落ち込んできています。
これまでの好調な業績を支えてきたのは、子会社であるNTTドコモでした。スマートフォンの普及とデータ通信量の増加により、ドコモの収益が拡大しました。
ドコモも元々は上場子会社でしたが、NTTグループが完全子会社化しました。これにより、ドコモが稼いだ利益のうち、外部の少数株主に分配されていた分(例えば、NTTが60%保有なら40%分)を、親会社であるNTTの利益としてすべて取り込めるようになったのです。当期利益を見ると、ドコモ買収後に大きく増加しているのが分かります。
ところが、最近はスマートフォンの普及率も飽和に近づき、ドコモ自体の成長力も鈍化してきました。一方で、NTTグループには、地域通信(固定電話など)のように収益が苦しい事業も抱えており、これが足かせとなっています。こうした状況でコストもかさみ、結果としてNTT本体は減益傾向にあるのです。
NTTデータ取り込みで業績回復と事業シナジーを狙う
成長が鈍化してきたNTTにとって、次の成長の柱が必要となりました。そこで着目されたのが、今回のNTTデータ完全子会社化です。
NTTデータは、ITインフラやシステム開発を手がける会社で、DX(デジタルトランスフォーメーション)の流れに乗って業績は右肩上がりで伸びています。NTT親会社としては、外部に逃げていたNTTデータの利益(約43%分)を取り込めば、落ち込みつつあった業績を立て直せると考えたのでしょう。
もちろん、事業上のメリットも見込まれます。NTTはAIやデータセンター事業に力を入れていますが、これらはまさに成長市場です。NTTが持つデータセンターやサーバーといったインフラと、NTTデータが持つシステム開発力を組み合わせることで、さらなる成長の可能性が生まれます。完全子会社化することで、これまで子会社だったがゆえに「言うことを聞かない」部分があった可能性も解消されます。
これは経営学の考え方であるプロダクトポートフォリオマネジメント(PPM)で見ると、データセンター事業や法人向けDXクラウドソリューションは将来の成長エンジンとなる「スター」に位置づけられます。一方で地域通信のような事業は「負け犬(ドッグ)」とされますが、これは地域のインフラを守るために継続せざるを得ない事業でもあります。このように、NTTデータの子会社化は、非常に戦略的で合理的なM&Aと言えるでしょう。
ドコモが銀行を欲しがる理由 – 経済圏構築と競合への対抗
次に、NTTグループのもう一つの大きな動き、NTTドコモによるスミシンSBIネット銀行の連結会社化について見ていきます。厳密にはドコモが行う買収ですが、NTTから見れば孫会社になります。
なぜドコモが銀行を欲しがったのか、それは、ドコモの事業との親和性が非常に高いからです。皆さんご存知の「dポイント」や「d払い」といったサービスは、銀行との連携で真価を発揮します。銀行口座を持っていれば、そこにお金を入れてd払いにチャージするといった形で、ドコモの経済圏の中でお金を回せるようになります。最近では給与のデジタル払いなども議論されており、こうした経済圏化の流れは加速しています。
通信キャリア各社の金融戦略とドコモの遅れ
実は、こうした経済圏構築は、他の携帯電話会社も既に強力に進めています。
- KDDI: auじぶん銀行、Pontaポイント(ローソンとの連携も)。
- ソフトバンクグループ: PayPay銀行、PayPay。
- 楽天: 楽天銀行、楽天ポイント。
各社とも、通信事業を基盤に顧客を囲い込み、その中で金融や決済、ポイントサービスなどを提供することで経済圏を構築しています。通信事業で得た莫大な収益を、成長が鈍化してきた中で次にどこに使うかと考えた結果、親和性の高い金融事業に振り向けているのです。ドコモもd払いで収益を上げており、スマートライフ事業(金融を含む)は「スター」となりうる成長エンジンでした。
しかし、KDDIやソフトバンク、楽天といった競合が既に自前の銀行を持っている中で、ドコモだけが持っていなかったのです。ドコモとしても「遅れをとるわけにはいかない」という思いがあったのでしょう。元々自社で銀行を設立する話もあったようですが、なかなか進んでいなかったようです。そこで、今回住信SBIネット銀行を子会社化する形での銀行獲得に至りました。
住信SBIネット銀行買収劇の舞台裏 – 壮絶な価格交渉とSBIの戦略
今回の住信SBIネット銀行の子会社化は、単なる買収で終わらない、非常に興味深い交渉劇でした。ここには、NTTドコモ、三井住友信託銀行、そしてSBIグループという3つの主要な登場人物がいます。住信SBIネット銀行は、その名の通り三井住友信託銀行とSBIグループの合弁事業として始まりました。
交渉の始まりは2022年、三井住友信託銀行からドコモに対して、共同で事業を行わないかという打診があったようです。当時は、おそらく三井住友信託銀行とドコモの2社を中心に話が進められており、SBIの名前は当初あまり出てこなかった可能性があります。
SBI側には当時別の事情がありました。SBIグループは新生銀行や地方銀行の買収を進めており、そちらの経営が比較的うまくいっていたため、住信SBIネット銀行への注力が弱まっていたのではないかと思われます。ちなみに、SBIの北尾CEOは非常に交渉力が強いことで知られています。
SBIの撤退意向と買い取り価格を巡る攻防
三井住友信託とドコモの間で話が進み、「やりましょう」となった段階で、SBIにも話が持ちかけられました。SBI側も表面上は乗り気だったようですが、すでに住信SBIネット銀行の経営への興味は薄れていたのかもしれません。
結果として、SBIは住信SBIネット銀行から撤退する意向を示し、保有する株式(約34%)を売却することになります。ここで焦点となったのが、ドコモによる買い取り価格、すなわちTOB価格でした。市場価格にどれだけのプレミアムを上乗せするのかを巡って、壮絶な交渉が繰り広げられます。
ドコモとSBIの壮絶な価格交渉と交渉中断
価格交渉は難航します。
- ドコモは当初、TOB価格として4640円を提示。市場価格に対しては高いプレミアムを乗せていたものの、SBIは「本源的価値に対して大幅に不十分である」とこれを拒否しました。
- ドコモと三井住友信託側は、4640円でも十分高いと考えていたようで、「これ以上は飲めないなら交渉をやめる」と示唆。
- 結果、2025年2月には一旦交渉が中断されました。この時、ドコモ社長も決算会見で交渉決裂を示唆するような発言をし、SBI側も「銀行に不要な要素が多いからわざわざ買わなくていい」といった発言をしていました。
交渉再開とSBIへの「お土産」
しかし、2025年4月になり、交渉は再開されます。ドコモは自社での銀行設立なども検討したようですが、やはり住信SBIネット銀行がどうしても必要だと考えたのかもしれません。
ただ、単に交渉を再開しましょうと言ってもSBIは応じません。ここでドコモ側は「お土産」を持って行きます。それが、SBIグループに対する約1000億円規模の「資本業務提携」、すなわちSBIへの出資話です。もともと話としてはあったのですが、その割合を引き上げることを提示しています。
再燃した価格交渉とSBIの粘り
資本業務提携の話とは別に、住信SBIネット銀行の買い取り価格(TOB価格)を巡る交渉は再び加熱します。
- 5月16日、ドコモは価格を下げて4300円を提案(市場価格が下がっていた可能性)。SBIは再び「安すぎる」と拒否。
- 5月20日、4700円に増額。SBIは「まだ安すぎる」。
- 5月26日、ついに4810円に。SBIは「まだ安い」。
- 5月27日、4870円に。これも拒否。
- そして5月28日、ついに4900円が提示されます。
この価格で、SBIはついに合意に至ります。この交渉過程を見ると、いかにSBI側が交渉上手で粘り強く、ドコモ側があまり交渉カードを持っていなかったかが伺えます。ドコモはすでにSBIへの出資話を出してしまっていたため、それ以上の交渉カードは価格を上げるか、さらなる出資をするかぐらいしかなかったのです。
結果としてTOBはまとまり、住信SBIネット銀行はドコモの傘下に入りました。最終的な出資比率は、議決権ベースでは三井住友信託とドコモが50%ずつですが、金銭的なメリットはドコモが6割から7割程度を持つ形になりました。実質的にはドコモが経営を主導し、三井住友信託の銀行としての知見を借りる形になると思われます。
SBIグループとの資本業務提携1000億円の行方
TOBはまとまりましたが、ここで一つ疑問が残ります。それは、TOBとは別に進められたSBIグループへの約1000億円規模の資本業務提携です。この1000億円で何をするのでしょうか?
期待される連携としては、SBIの投資信託商品をドコモと共同で開発したり、SBIのシステム開発をNTTデータが担ったり、といった話があるようです。しかし、これらは資本関係がなくても通常業務として可能なレベルであり、資本業務提携として見るとかなり「弱い」連携に見えます。
SBIの強力な交渉カード:住信SBIとSBI証券の「銀証連携」
この資本業務提携の真意を理解するには、SBIが持っていた強力な「交渉カード」に注目する必要があります。住信SBIネット銀行は、SBI証券と非常にうまく連携していました。例えば、住信SBIに外貨預金した資金を使ってSBI証券で米国株を購入する際、為替手数料が大幅に優遇されるといったサービスがありました。この「銀証連携」の利便性から、SBI証券の顧客が住信SBIネット銀行に口座を開設するケースが多かったのです。
SBIは、住信SBIネット銀行への出資がゼロになることから、このSBI証券との連携を「もうやめてしまう」と示唆できる、非常に強いカードを持っていたのです。もしこの連携が切れてしまえば、住信SBIネット銀行の顧客が減少する恐れがあり、ドコモとしてはこれは何としても避けたかったはずです。
ドコモの弱みと1000億円出資の背景
一方、ドコモ側には弱みがありました。ドコモはすでにマネックス証券を買収済みであり、自社で証券事業を持っています。そのため、SBI証券とうまく連携させようとしても、事業がバッティングするため非常に難しくなります。これにより、ドコモはSBIに対して提示できる交渉カードが限られていました。
こうした状況から考えると、今回のSBIグループへの1000億円の出資は、SBI証券との銀証連携を維持するためのコストであった可能性が高いでしょう。結果的に、SBIは住信SBIネット銀行の株式売却代金と合わせて、ドコモからおよそ3000億円もの資金を引き出した形になります。今後、ドコモとSBIの間で具体的な事業連携が活発に行われる可能性は低いと私は見ています。SBIは、銀証連携の維持というカードを人質に、今後もNTTグループから資金を引き出す戦略を続けるかもしれません。
皮肉な結論:真の勝者はどちらか?
今回の件を通して、銀行という事業そのものを手に入れたのはNTTドコモです。しかし、皮肉な見方をすれば、総資産30兆円規模という巨大なNTTグループという「銀行」を手に入れたのは、むしろSBIグループの方ではないかとも言えるのです。
NTT株への投資判断 – 安定した株主還元と今後の成長戦略の行方
さて、今回の出来事を見て、「NTTは交渉が下手だな」という印象を持たれた方もいるかもしれません。しかし、NTTへの投資を考える上で、今回の件はどのように評価すべきでしょうか。
結論から言えば、NTTはとてつもなく巨大な企業であり(総資産約30兆円)、子会社ドコモの収益力も莫大です。したがって、今回のような一件でNTT全体がおかしなことになるわけではないと考えます。
NTTの強み:潤沢なキャッシュフローと積極的な株主還元
NTTの大きな強みは、毎年2兆円以上の営業キャッシュフローという潤沢な資金力です。この資金を使って、積極的な自社株買いを行っています(今回も2000億円規模を予定)。自社株買いは発行済み株式数を減らすため、1株当たりの利益を向上させる効果があります。
また、配当も非常に手厚く、直近の配当利回りは3%以上あります。配当と自社株買いを合わせると、株主還元を通じて1株当たりの価値を安定的に維持・向上させられる企業だと言えます。
NTT株の懸念点:大規模買収リスクとIOWN構想
一方で、規模が大きくお金があるがゆえに、資金の使い方に注意が必要な面もあります。今回のように、必ずしも合理的とは言えない高値での買収や、不明瞭な目的での出資をしてしまうリスクも否定できません。
また、NTTは「IOWN(アイオン)構想」のような巨額の資金が必要となる大規模な成長戦略も掲げています。こうした大規模投資が、今後の収益や株主価値にどう影響してくるかは注視が必要です。
まとめ:投資判断のポイント
個人的な意見としては、ドコモが稼いだ収益をひたすら自社株買いに回してくれれば、株主にとっては非常に良い会社になるのでは、とも思います。しかし、企業としては当然成長性も追求する必要があります。
したがって、NTT株への投資を考える際は、安定した株主還元という魅力に加え、今後の成長戦略の進捗と、潤沢な資金がどのように使われていくのかをしっかりと見極める必要があると言えるでしょう。
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