新浪剛史氏の波乱:ローソン・サントリーを牽引したプロ経営者の実像

今回は、元ローソン社長、そしてサントリー社長を務めた新浪剛史氏の人物像とその実績に迫ります。

最近、新浪氏は海外から輸入したサプリメントに大麻成分が含まれていたのではないかという疑惑を受け、警察の捜査を受けました。結果的に大麻成分は見つからなかったものの、サントリーの会長職を辞任する事態となりました。

三菱商事を経て、日本サラリーマンとしては最高峰ともいえる大出世を遂げた新浪氏。しかし、彼がどのような人物で、どのような実績を残してきたのか、具体的に知る人は案外少ないかもしれません。
今回は新浪氏の半生を振り返り、彼の経営者としての特性を深く掘り下げていきます。これは、私たちが企業へ投資する際に、経営者を見極める重要なヒントとなるでしょう。

少年時代から垣間見えた「孤高のリーダーシップ」

新浪氏のパーソナリティを理解するためには、まず彼の少年時代のエピソードから見ていきましょう

小学校の体育の授業でチームプレイを行っていた際、背が高く運動神経も良かった新浪少年は、ワンマンプレイに走りがちでした。担任の先生が「もっとチームプレイを大事にしないとダメじゃないか」と指摘したところ、新浪少年は激昂。その次の授業では黒板に「僕は一人で体育をやります」と書き、その授業には姿を見せなかったといいます。

このエピソードは、彼が自分の能力に絶対的な自信を持ち、「俺が一番うまいんだから俺がやればいい」という強い気持ちの持ち主であったことを示しています。この孤高ともいえる自信は、その後の彼の経営スタイルにも色濃く反映されていくことになります。

挫折を乗り越え、慶應義塾大学へ

新浪氏の運動神経の良さは、その後も続きます。高校ではバスケットボールに打ち込み、神奈川県で3位になるほどの腕前で、国体選手にも選ばれるほどの実力者でした。しかし、国体後に膝を負傷し、選手生命を断たれてしまいます。これは彼にとって苦い挫折となりましたが、大学時代はバスケットボールを続けられなくなり、新たな道を模索します。

エリート街道の幕開け:三菱商事とハーバードMBAへの執念

慶應義塾大学を卒業後、新浪氏が選んだのは、就職活動において「右に出るものはいない」と言われるほどの超一流企業、三菱商事でした。バスケットボールでの挫折を経て、彼はビジネスの世界での成功ストーリーを描き始めます。

しかし、三菱商事に入社したからといって、成功への階段はまだ始まったばかりでした。社内でエリートとして認められるためには、海外留学、特にアメリカでのMBA取得が不可欠であると感じた新浪氏は、社内選抜に申し込みます。優秀だった彼は選考を順調に進めますが、最終的な役員面接でなんと2回も落とされてしまうのです。これは、当時の役員たちから「こいつはちょっとやばいな、こいつはちょっと違うな」と、人間的な側面で気に入られなかった可能性もあると個人的に推測しています。

しかし、新浪氏はこの挫折で諦めませんでした。彼は「何くそ」とばかりに、会社を通さずに自らハーバード大学のMBAプログラムを受験し、見事合格を勝ち取ります。通常、会社派遣の場合は企業と大学の枠があるため有利ですが、個人で合格するのは非常に熾烈な競争を勝ち抜く必要があります。この自力での合格は、彼の並外れた実力と執念を物語っています。彼は会社に交渉し、「俺は受かったから、会社選抜に関係なく行かせてくれ」と伝え、会社費用でハーバードへ留学することになります。

買収会社のV字回復:ソデックスコーポレーションでの手腕

ハーバードMBAから帰国後、新浪氏は三菱商事内で順調に出世コースに乗ります。彼が最初に手腕を発揮したのは、三菱商事が買収した外食産業の会社、ソデックスコーポレーションの社長としてでした。商社のビジネスでは、買収した会社の立て直しや価値向上を行うことが多々あります。

新浪氏はソデックスコーポレーションの売上を10億円から100億円へと拡大させることに成功。この経験で特に彼がこだわったのは「うまい米」を提供することでした。買収した会社の社員食堂を自らエプロンをつけて手伝うなど、現場にも深く入り込み、美味しい米の重要性を肌で感じた経験は、後にローソンでのおにぎり開発に生かされることになります。

ローソン社長時代:コンビニ業界の常識を覆す改革者

三菱商事での出世街道を歩む新浪氏の前に現れたのが、当時のローソンという存在でした。ローソンは元々ダイエーの子会社でしたが、2000年代初頭の当時、セブン-イレブンという絶対的王者には及ばず、正直「いまいちパッとしない」状況でした。親会社であるダイエーも経営危機に陥っており、資金調達のためにローソンの売却を考えていました。

この時、ローソンは三菱商事に株式を売却し、三菱商事がローソンの経営権を握ることになります。当初、三菱商事は側面支援のつもりでしたが、ローソン側からの要請もあり、社長を派遣することになります。当時、大企業の社長に外部から若手が就任することは異例中の異例でしたが、ローソン再生のためには「元気のいい若手」が必要だと考えられ、新浪氏に白羽の矢が立ったのです。

V字回復を実現した苛烈な改革

ローソン社長に就任した新浪氏が最初に行ったのはリストラでした。彼は「リストラは最初の1年でやり、その後はV字回復させる」と語り、業績の一時的な悪化と、その後の回復を演出する経営手法を取り入れました。

特に目を引いたのは、それまでの商品部を「一掃」し、外部から新たな人材を連れてきたことです。かつて「花形」とされていたバイヤーたちは、メーカーから頭を下げられる立場にあり、傲慢になっていたと指摘されています。新浪氏はこうした旧態依然とした体質を改革し、先述のソデックスコーポレーションでの経験を生かして、おにぎりの品質向上に着手します。新潟県魚沼産コシヒカリのような良質な米を使い、具材もパサパサの鮭フレークではなく、塊の鮭を入れるなど、徹底的にクオリティを追求しました。その結果、高価格帯ながら「おにぎり屋」というコンセプトのおにぎりは大ヒットし、ローソンの特徴の一つとなりました。

さらに、フランチャイズ改革も断行しました。それまでローソン本部はフランチャイズオーナーを「お客様扱い」し、甘やかしていた結果、店舗の清掃状況や運営が適当になる問題がありました。新浪氏はミステリーショッパー制度を導入し、覆面調査員が店舗を採点。評価の低い店舗は容赦なく閉店させるという過激な手段を取りました。
これにより、コンビニ業界で増え続けていた店舗数が一時的に減少するという異例の事態も発生しました。これらの改革により、ローソンはセブン-イレブンには及ばないまでも、競争から脱落することなく、コンビニ業界のトップランナーの一角として残ることに成功しました。

リーダーシップの光と影:パワハラ疑惑

ローソンでの成功の裏側で、新浪氏のリーダーシップは「パワハラ疑惑」という影も落としていました。彼は自らの意に沿わない部署を実質的に解散させたり、フランチャイズオーナーを締め付けたりと、まさに「俺がやるんだから俺の言うことを聞け」というトップダウンを徹底しました。

現場の担当者たちは、新浪氏の厳しい詰め方に疲弊し、顔が老け込んだり、ストレスから病気になる者もいたといいます。証言によれば、会議中に携帯電話を投げつけることもあり、予備として3台の携帯電話を持っていたというエピソードも残されています。2000年代初頭という時代背景を考慮しても、現在であればコンプライアンス的に問題となるような行為だったと指摘されています。

新浪氏のような有能な人間にとって、部下の「できない」ことが理解できず、パワハラ的な行動に走ってしまう側面があったのかもしれません。一方で、彼は若手や社外に対しては「良い人」という評判を立てることもあり、世間と内部での評価にギャップがあったのではないかと想像しています。

また、私生活では3度の離婚と4度の結婚を経験しているという事実も存在します。

しかし、これらの事実とは別に、ローソンで12期連続増益を達成したという実績は、彼の経営手腕を物語る確かな成果として存在します。

サントリー社長への異例の転身:M&Aを成功に導くプロ経営者

2014年、新浪氏のキャリアに新たな転機が訪れます。サントリーの佐治会長からサントリー社長への就任を打診されたのです。当初は冗談だと思った新浪氏ですが、佐治会長の毎月の熱心な誘いに押され、異例の転身を決断します。

サントリーは創業家である佐治家と鳥井家による同族経営が色濃い企業であり、持ち株会社であるサントリーホールディングスは非上場。これまで創業家の一員が交互に社長を務めてきた歴史があります。そこに、創業家とは無関係で、内部昇格ですらない新浪氏が「プロ経営者」として招き入れられたことは、経済界に大きな衝撃を与えました。

変革期におけるサントリーの選択

新浪氏がサントリーに迎え入れられた背景には、同社が変革期にあったことが挙げられます。2013年には子会社であるサントリー食品インターナショナルが上場し、株式市場からの利益追求のプレッシャーに直面していました。そして翌2014年には、アメリカのジンビーム社を1.6兆円という巨額で買収。ジンビームは世界有数のウイスキーメーカーですが、この大型M&Aの失敗は許されませんでした。

しかし、国内中心に事業を展開してきたサントリーには、海外事業のノウハウも、買収後の経営統合(PMI:ポスト・マージャー・インテグレーション)のノウハウも不足していたと考えられます。そこで白羽の矢が立ったのが、大手企業の経営経験があり、ゴリゴリと改革を進められる新浪氏でした。佐治会長も「私たちだけでは立ち打ちできない」と判断したのでしょう。

ジンビーム社統合の成功と「やってみなはれ」の解釈

新浪氏に課せられたミッションは、ジンビーム社の統合を成功させることでした。彼は頻繁に現地に足を運び、改革を推進します。伝統を重んじるジンビーム社の社風に対し、「これまでとは考え方を変えてほしい」と伝え、ハイボールのサーバー開発や、度数を下げて女性や若者も飲みやすい商品展開を提案するなど、積極的な改革を進めました。彼は「アメリカだからとお伺いを立てるのではなく、親会社としてまずは私たちの言うことを聞け」というトップダウンの姿勢で臨んだとされています。

この改革は功を奏し、新浪氏が就任した2014年から直近までの約10年間で、サントリーホールディングスの売上高は約2倍、営業利益は約2.5倍にまで拡大するという素晴らしい実績を残しました。

一方で、サントリーには創業家が大切にしてきた「やってみなはれ」という自由闊達な企業文化があります。社員が自ら出したアイデアを最後までやり遂げることを奨励するこの言葉を、新浪氏は独特な解釈をしました。「自分で発案したからには、最後まで死に物狂いでやり遂げろ」という意味合いを込めて、社員にさらなるプレッシャーをかけたといいます。彼自身が常に高いプレッシャーを背負い、それを周りにも求めるタイプの経営者であったことが伺えます。

サントリー退任とサプリメント疑惑:背景にある「クーデター」説

新浪氏はサントリー社長就任から10年が経ち、直近では社長から会長に就任していました。これは、退任が近いことを示唆する動きと見られていました。そのようなタイミングで発生したのが、今回のサプリメント疑惑です。

この事件について、私は「クーデター」と見ることもできると推測しています。

ジンビーム社の統合が成功し、新浪氏の役割が一通り終わった後、彼の活躍の場が少なくなりつつあったかもしれません。しかし、上昇志向の強い新浪氏がこのまま居続けると、さらに自分のやりたいように動こうとする可能性があり、社内で「目障りな存在」になりつつあったのではないか、という憶測です。もしそうであれば、彼の行動を知る周囲の人間が、今回の疑惑について内部告発を行った可能性もゼロではないのではないかと思います。

※これは根拠のない私の個人的な推測であり、小説の領域です。

警察の捜査が入った際、新浪氏から会社に報告が上がったとされていますが、形式的には新浪氏が自ら辞任したものの、実質的には会社側から「辞めた方がいい」という話があったとされています。彼が経済同友会の会長職を自ら辞任していないことからも、サントリーの会長職辞任には忸怩たる思いがあっただろうと推測しています。

プロ経営者・新浪剛史氏の評価:企業再生のスペシャリスト

新浪剛史氏は、まさに「ターンアラウンド・スペシャリスト」と呼べる存在です。

グダグダになった企業や、大規模な変革を推進する人材が求められる場面で、その真価を発揮するタイプと言えるでしょう。日産を立て直したカルロス・ゴーン氏もそうしたタイプの経営者でしたが、新浪氏も外部から入ってきて、強力なトップダウンで企業を立て直しました。

しかし、ゴーン氏が日産の競争力を失わせるような経営を行った側面があるのに対し、新浪氏のローソンやサントリーでの実績は、企業を「まともな状態に立て直した」という点で非常に高く評価できると私は考えています。

パナソニックのような、内部ではどうしようもない状況の企業に彼のようなプロ経営者が入っていけば、株価上昇にもつながる可能性もあると、私は思っています。

新浪氏のパーソナリティは、上昇志向が強く、やるべきことは徹底的にやり遂げるというものでした。自分自身に高いプレッシャーをかけるのと同様に、周囲にも厳しいプレッシャーをかけてきたため、「胃が痛くなる経営」だったかもしれません。しかし、その実績は決して否定されるべきものではなく、今回のサプリメント疑惑に関しても、逮捕されたわけではないため、中立的な視点で見ることが重要です。

 

経営者の特性を理解することは、投資判断において非常に重要な要素です。新浪剛史氏のキャリアは、プロ経営者が企業にもたらす価値と、そのリーダーシップの光と影を私たちに教えてくれます。

執筆者

執筆者:栫井 駿介

栫井 駿介(かこい しゅんすけ)

つばめ投資顧問 代表
株式投資アドバイザー、証券アナリスト
ビジネス・ブレークスルー(株)「株式・資産形成実践講座」講師

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1 個のコメント

  • この分析は栫井さんの優秀さを如実に示している。全面的に賛成。ゴーンさんもこの方も部下として仕えるには最悪ですが投資家目線では賞味期限つきですが評価すべきというのがワタシの理解です。ありがとうございました。自分のモヤモヤ感がスッキリしました。

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