半導体メモリを製造するメーカーであるキオクシアの株価が、直近の約1.5ヶ月で3倍弱に跳ね上がるという驚異的な動きを見せています。
この急騰は、直近の四半期決算において、売上高が前年比で20%減、最終利益が74%減という厳しい結果だったにもかかわらず発生しています。なぜこれほどまでに短期間で株価が上昇したのか、そしてこの勢いのある上昇気流は本物なのか、長期投資の観点から深く掘り下げて検討します。
目次
キオクシアの現状:株価急騰と業績のミスマッチ
短期でPBR5倍近くまで上昇した株価推移
キオクシアは2024年末に再上場を果たしましたが、当時の評価は決して高くなく、PBR(株価純資産倍率)はちょうど1倍程度でした。その後、緩やかな上昇を見せていましたが、特に9月の頭から10月下旬までの間に、株価はなんと3倍弱まで急騰し、PBRは5倍近くにまで達しています。
直近の四半期業績が示す厳しい現実
株価の爆騰とは裏腹に、直近の四半期業績は非常に厳しいものでした。最終利益ベースでは74%もの大幅な減少を記録しています。
この業績悪化の主な原因は、半導体メモリの回復の遅れとされています。特に、売上の内訳で見ると、スマートフォンやタブレット、テレビ、車載向けなどのスマートデバイス向けのメモリ需要が大きく低下しました。
在庫積み増し後の「買い控え」の発生
スマートデバイス向けの需要が低下した背景には、市場の期待と現実のギャップがあります。
前年同時期は、新型iPhoneが好調に売れるという期待が市場で膨らんでおり、iPhoneなどを製造する顧客企業は、キオクシアが提供するメモリの在庫を大きく積み増ししていました。しかし、実際には期待通りにはいかず、顧客企業側でメモリの在庫のダブつきが発生した模様です。
この結果、直近の四半期では顧客企業による買い控えが起こり、スマートデバイス向けの需要が大きく下がってしまったのです。さらに、第1四半期に円高側に振れたこともネガティブな影響を及ぼしました。
株価爆騰の核心:AI向けメモリ需要の期待
市況感が芳しくないにもかかわらず株価が爆騰している背景には、「AI向けメモリの需要が今後爆増するからではないか」という結論が先行しています。直近1.5ヶ月の間で、この期待を裏付けるトピックが次々と現れました。
AI半導体の基本構造と2種類のメモリ
AIサーバーに組み込まれるAI半導体は、主にGPUとメモリで構成されています。
- 短期記憶型(HBM/DRAM):GPUは計算処理は得意ですが、記憶は苦手なため、計算に必要な一時的なデータを保管する場所が必要です。それがHBM(High Bandwidth Memory)などのDRAM型メモリです。HBMは、脳の短期記憶のように、大量のデータを同時にものすごい速さでGPUとやり取りできるのが特徴です。
生成AIの勃興期には、まずこのHBMの需要が爆発的に高まりました。HBM/DRAMの製造は、主にSamsung、SKハイニクス、Micronといった企業が担っています。 - 長期記憶型(NAND/SSD):AIモデルが成長し、パラメーターの数が増加するにつれて、一時的なデータとはいえ、より多くのデータを大量に保管する場所が必要になりました。
HBMのような短期記憶型メモリは、データ保管容量が大きくなく、電力消費も多いため、代わりに注目されているのがNAND型SSDです。
SSDは脳の長期記憶のように、電源を切ってもデータが残り、大量に保存できる点が特徴です。
AI半導体は、HBMで「考える速さ」を、NAND型SSDで「覚える量」を補完し合っている構造だと言えます。
キオクシアが握る「長期記憶型」の優位性
キオクシアは、このAI半導体に必要な長期記憶型(NAND型)のメモリを専門で製造しています。
現在、SamsungやSKハイニクス、Micronといった主要な競合他社は、自社の製造ラインの大半を、付加価値の高い短期記憶型(HBM)メモリの製造にまわしていて、長期記憶型メモリまで手が回らない状況が生じています。
こうした状況下で、AIモデルの発展によりSSDのような長期記憶型メモリの重要性が高まったことで、キオクシアのようなNAND専門企業に注目が集まっています。
NVIDIAからの協力要請と技術的優位性
キオクシアの技術的優位性が評価され始めている具体的な動きも見られます。
- NVIDIAからの要望: 9月上旬には、AI半導体の性能向上を目指すNVIDIAから、キオクシアのSSD技術の協力を求める要望があったと報じられています。NVIDIAは、HBMだけでは容量拡張が追い付かないため、HBMの一部をキオクシアが提供する高速の長期記憶型SSDに置き換えたい意向があるとしています。
- 最先端技術の保有: キオクシアは、長期記憶型メモリに関して、省エネ化、大容量化、設計自由度の拡大といった技術を磨いてきました。特に、回路とメモリを別々に作り、後で貼り合わせるCBA技術を量産レベルで実現できる筆頭候補であり、これが最新のAIサーバーで使われるAI半導体の重要な技術として注目を集めています。
市場の供給逼迫と価格上昇の兆し
Open AI社が大手メモリ企業と数ヶ月先の供給契約を締結する流れがあるように、AIバブルの影響でメモリ関係全体の供給が逼迫しています。
高密度なNAND製品、すなわちAI半導体で使われるようなキオクシア提供の高性能な長期記憶型製品は、数ヶ月先まで予約済みであると報じられています。この供給逼迫を受けて、NANDメモリの価格は5%から10%程度上昇する可能性が報道されています。
さらに、AI向けだけでなく、超高性能なスマートフォン(iPhone 17など)の販売が好調であるという報道も出ており、民生機器向けでもメモリ需要が高まる期待がされています。
関税問題による連想恩恵
米国では、韓国企業が強いメモリ市場において、もしトランプ氏が大統領に返り咲いた場合に韓国からの輸入に関税をかける可能性が取り沙汰されています。これにより、米国のメモリメーカーであるSanDiskが業績的な恩恵を受けるだろうというトピックが9月上旬に浮上しました。
キオクシアはSanDiskと提携関係にあるため、SanDiskが恩恵を受けることは、キオクシアにも良い影響が及ぶだろうという連想ゲーム的な評価の上昇も、株価を後押しする要因となっています。
長期的な市場の見通しと潜在的なリスク
メモリ市場は長期的に拡大傾向
キオクシアの開示情報によると、メモリの需要は長期的に見ても伸びていく見通しです。
特にAI化の進展に伴い、各デバイスの平均搭載容量が増加します。
- スマホ向け: 年平均16%の増加(AIスマホの普及)。
- パソコン向け: 年平均13%の増加(AIノートPCの普及)。
- データセンター向け(Exabyteベース): 年平均27%の増加。
フラッシュメモリ市場全体でも、年平均20%ずつ増加すると予想されており、メモリ需要の拡大は長期的な潮流であると言えます。
さらに、キオクシアは市場の拡大を見据えて生産能力を増強しており、新工場で作られた最先端メモリは2026年前半に出荷開始される見込みです。
長期投資における最大の警戒点:「ジェットコースター相場」のリスク
長期的な需要拡大が見込まれる一方、半導体メーカーには特有の大きなリスクが存在します。
- 激しい価格競争:ライバル企業も巨額の設備投資を行い、製造能力を増強しているため、需要が落ち着いた際には価格競争に陥る可能性があります。
- ブルウィップ効果:半導体業界では、小さな需要の増減が、川下から川上へと伝わる過程で大きく増幅されてしまう「ブルウィップ効果」が生じやすいです。 この影響で、メモリ関係の売上高対前年比は、プラス100%増える局面がある一方で、60%も減少する局面があるほど、振幅が極めて激しい世界です。
つまり、長期的な需要が膨らむとしても、その間にはジェットコースターのように大きな山と谷を繰り返す局面が出てくる可能性が高いのです。将来的に「売上が60%減少しました」といった事態になれば、株価も同様に、あるいはそれ以上に暴落するリスクがあることを承知しておく必要があります。
現在のAIブームの不確実性
現在のAIブームを牽引するGAFAMなどのビッグテック企業は、AI開発競争が激化する中で、適切なキャパシティが不明なまま、とりあえずインフラを整備するために積極的な設備投資を行っている状況にあります。
このインフラ整備の潮流が続く限りは、半導体関連企業は潤い続けるでしょうが、どこで設備投資のストップがかかるかは誰にも予測できません。
結論:投資判断はリスクを織り込むことが重要
キオクシアの株価急騰は、短期的な業績不振を無視し、長期記憶型メモリにおける技術的優位性と、AI需要による供給逼迫という複数のポジティブな外部環境が重なった結果、発生しました。
長期投資を検討する場合、市場は長期的に拡大するという見通しがある一方で、業界特有の大きな需給変動リスク(大へこみする可能性)も同時に存在します。
現在の株価上昇が「バブル」なのか、それとも市場拡大への正当な評価なのかは、時間が経たなければ判断できません。したがって、投資家は、短中期的な波に乗るにせよ、長期的に保有するにせよ、売上が大幅に減少する可能性などのリスクを十分承知した上で、個々に投資判断を下すことが重要になります。
執筆者
元村 浩之(もとむら ひろゆき)
つばめ投資顧問 アナリスト
県立宗像高校、長崎大学工学部卒業。
大手スポーツ小売企業入社後、店舗運営業務に従事する傍ら、ビジネスブレークスルー(BBT)大学・大学院にて企業分析スキルを習得。
2022年につばめ投資顧問に入社。
長期投資を通じて顧客の幸せに資するべく、経済動向、個別銘柄分析、運営サポート業務を行っている。
プレゼント①『株式市場の敗者になる前に読む本』
プレゼント②『企業分析による長期投資マスター講座』第一章
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