日本の小売業界において長らく絶対王者の座に君臨してきたセブン&アイ・ホールディングスが、今、大きな転換点に立っています。
最近のニュース記事を見渡せば「セブン1人負け」や「コンビニ離れ加速」といった刺激的な見出しが目につくようになりました。
かつては飛ぶ鳥を落とす勢いで、特にセブン-イレブンは他社を圧倒する存在感を示していましたが、その神話が揺らぎ始めているのです。
投資家の視点で株価を見てみますと、その苦境はより鮮明になります。
7月1日時点での株価は1957円付近、PER(株価収益率)は17倍を切る水準にとどまっています。
長期的な推移を振り返れば、わずかに右肩上がりではありますが、この10年ほどで日経平均株価が4倍、5倍と伸びてきたことを考えれば、日本を代表する小売業としては極めて「伸び悩んでいる」と言わざるを得ません。
なぜこれほどの実力企業が、株式市場で正当に評価されない状況に陥っているのか、その内実を詳しく紐解いていきましょう。
目次
日本国内における「セブン離れ」の構造的要因
まずは国内事業における「セブン離れ」の実態からお話しします。
プレジデントオンラインなどの記事でも指摘されていますが、日本人のコンビニ離れは深刻な状況にあります。
その最大の背景にあるのが、足元で進むインフレと生活防衛意識の高まりです。
今のコンビニは、消費者にとって「高い」場所になりつつあります。
例えばおにぎり1個をとっても、特別な具材でなくとも200円程度することが珍しくありません。
おにぎり2個を買えば、それだけで500円近くになってしまいます。
「おにぎり2個に500円も出すなら、他の選択肢があるのではないか」と、消費者の足が遠のいているのです。
「高いのは嫌だ、でも美味しいものは食べたい」というわがままなニーズに対し、今のコンビニ価格設定が応えきれなくなっています。
コンビニ業態が直面する「多業種侵食」の脅威
データを見れば、コンビニという業態そのものが他業種にシェアを食われている現実が見えてきます。
食品市場における市場規模の推移を確認すると、コンビニは2015年の7.1兆円から8.6兆円程度への微増にとどまっています。
一方で、スーパーマーケットは9.4兆円から13.7兆円へと大きく伸ばしており、特にコロナ禍以降の「巣篭もり需要」をうまく取り込みました。
さらに脅威となっているのがドラッグストアの台頭です。
ドラッグストアの食品カテゴリーは1.4兆円から3.3兆円へと、実に倍以上に成長しています。
クスリのアオキやコスモス薬品のように、食品比率を極限まで高めたドラッグストアが、かつてコンビニが担っていた「近くて便利でそこそこ安い」というポジションを奪いつつあります。
実際、ナショナルブランドのお菓子などは、ドラッグストアの方が圧倒的に安く、消費者の購買行動は明らかに変化しています。
競合他社(ローソン・ファミマ)の猛追とスイーツ戦略の逆転
セブン-イレブンの独走態勢も崩れつつあります。
1店舗あたりの1日の売上高(平均日販)では依然としてセブンがトップを維持していますが、ローソンやファミリーマートの追い上げが目立ちます。

出典:各社開示資料
特にスイーツ分野などは「どっちかといえばローソンかな」というイメージが定着しつつあります。
セブンはかつて「金の食パン」や「金のハンバーグ」といったセブンプレミアム・ゴールドシリーズでプレミアム戦略を成功させ、ブームを作りました。
しかし、インフレ下で他社も同様の高品質路線にかじを切り、価格差が縮まったことで、セブンの「高くても美味しい」という優位性が相対的に薄れてしまった可能性があります。
既存店の客数前年比がマイナス1%程度まで落ち込んでいる事実は、王者といえども顧客離れに歯止めがかかっていない現状を物語っています。
フランチャイズ(FC)モデルの歪みと安売り不可能な構造
コンビニが他の小売業態に勝てない理由の一つに、その「構造的な弱点」があります。
日本のセブン-イレブンの場合、店舗の99%以上がフランチャイズ(FC)形態です。
FCビジネスは基本的に「粗利分配方式」をとっています。
商品の値段から原価を引いた「粗利」を、本部と加盟店オーナーで分け合う仕組みです。
この構造上、ディスカウント(安売り)をしようとすれば、それはそのままオーナーの取り分を削ることを意味します。
インフレで仕入れ価格が上がれば、オーナーの生活を守るために販売価格を上げざるを得ません。
本部が自らの身を削って直営店で安売りをするような柔軟な価格戦略が、99%がFCである以上、事実上不可能なのです。
利益があるところにはより安い競合が参入してくるという経済の常道の中で、このFCモデルの硬直性が、セブンの足かせになっている側面は否定できません。
売上の柱となった海外展開の実態
国内が飽和状態にある中で、セブン&アイが成長の活路を求めたのが海外、特に北米市場です。
実は今のセブン&アイにおいて、売上高(営業収益)の比率が最も高いのは日本ではなく北米です。
利益ベースで見ても、すでに海外事業が全体の半分近くを稼ぎ出す構造になっています。
ただし、北米事業の見え方には注意が必要です。
日本の売上が「ロイヤリティ収入」を主としているのに対し、北米は店舗の半分以上が「直営店」です。
そのため、商品の売上そのものが全社の売上高として計上されるため、規模が大きく見えるのです。
また、北米のコンビニの半数以上がガソリンスタンドを併設しており、ガソリン販売の売上が大きく乗ってくることも、利益率が日本より低く見える要因の一つとなっています。
スピードウェイ買収と不採算店舗大量閉鎖の裏側
北米での規模拡大を決定づけたのが、2020年代初頭に行った「スピードウェイ」の買収です。
これにより一気に3500〜3600店舗を獲得し、売上も利益も急増しました。
しかし、2024年から25年にかけては、売上も利益も減少に転じています。
その要因は、不採算店舗の大量閉鎖です。
今期だけでもさらに645店舗を閉鎖する計画が発表されています。
買収して蓋を開けてみたら、想定以上に採算性が合わない店舗が多かったという現実があります。
不採算店を整理していかないと埒が開かないという状況であり、拡大路線の「副作用」が露呈している形です。
また、ガソリン事業についても、原油価格の下落局面では価格の引き下げを遅らせることで一時的に利ざや(マージン)を稼げますが、価格高騰局面では逆に苦しくなるという外部環境依存の強さがあります。
「食の輸出」戦略は成功しているのか
セブン&アイの北米における基本戦略は、日本で培った「食の強み」を輸出することでした。
おにぎりや弁当などのフレッシュフード(ファストフード)をアメリカにも持ち込み、付加価値を高めて売上を伸ばすという絵を描いていました。
そのために日本でパートナーである「わらべや日洋」と一緒に海外へ進出し、製造キャパシティを増やす投資も行ってきました。
しかし、結果は芳しくありません。
過去3〜4年のデータを追っても、北米におけるファストフードの売上構成比は0.5%から1%程度しか伸びていません。
これには文化的な壁が大きく立ちはだかっています。
アメリカにおいてコンビニ(ガソリンスタンド併設店)は、トラックの運転手が給油ついでにタバコや日持ちのするスナックを買う場所であり、わざわざ「美味しいお弁当」を買いに行く場所という認知が定着していないのです。
ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースも元々はガソリンスタンドのレストランから始まりましたが、アメリカのコンビニで日本のような繊細な食文化を根付かせるのは、想像以上に高いハードルとなっています。
物流効率の壁
物流の問題も深刻です。
日本であれば数百メートルおきに店舗がある「ドミナント戦略」により、高効率な配送が可能ですが、北米は国土があまりに広大です。
資料では「50%の店舗が半径3.2km以内に住宅がある」とされていますが、これは日本の都心部の過密な店舗網とは比較になりません。
フレッシュフードを毎日届ける仕組みを作ろうにも、配送効率が悪すぎてコストがかさみます。
協力会社であるわらべや日洋側にしても、物流効率の負担を強いられるばかりで旨みがなければ、成長戦略を加速させることはできません。
日本で成功したシステムをそのまま広大な北米に適用しようとすることの無理が、各所で生じているように見受けられます。
キャッシュレス社会の代償
さらに、北米特有のコスト要因として見逃せないのが「クレジットカード手数料」です。
アメリカは日本以上にキャッシュレス化が進んでおり、ガソリン代のような高単価な支払いの多くがカードで行われます。
ガソリン価格が高騰すると、その分だけカード会社に支払う手数料も増大し、販売側の利益を圧迫します。
こうした、収益性を高めるための選択肢が構造的に限られている点も、北米事業の難しさです。
北米では現在、直営店をFC化することでコスト削減を急いでいますが、収益の出ない不採算店を抱えた状態で、果たしてオーナーになりたがる人がどれだけいるのか、という疑問も残ります。
儲かっている店舗を本部が手放す理由はありませんし、赤字店舗をFC化したところで、オーナーに経営努力で黒字化させる余地があるのか、厳しい見方をせざるを得ません。
セブン&アイを迷走させた「10年間のリーダーシップ不在」
なぜ、王者はここまで苦境に立たされたのでしょうか。
私はその根本的な原因が、この10年間にわたる「リーダーシップの不在」にあると考えています。
大きな転換点は2016年でした。
セブン-イレブンを日本に根付かせた中興の祖、鈴木敏文氏が退任した出来事です。
当時、創業家である伊藤家との間で、経営方針を巡る対立があったとされています。
鈴木氏は食品開発力を武器に国内を固めるべきだと考え、一方でその後の経営陣は海外へと目を向けていきました。
鈴木氏という強力なリーダーを失って以降、セブン&アイの経営の歯車が噛み合わなくなっていったように感じます。
創業家と雇われ社長の対立、そしてアクティビストの圧力
鈴木氏が去った後の10年間は、創業家の意向と資本の論理がぶつかり合う闘争の期間でした。
創業家は、素業であるイトーヨーカ堂の食品開発力がコンビニの強みを支えていると信じ、その切り離しに抵抗してきました。
しかし、投資家の目から見れば、不採算のスーパー事業はコンビニの利益を食いつぶす重荷でしかありません。
2020年以降は、アクティビストである「バリューアクト」などが参入し、「コンビニ事業に集中せよ」「非中核事業を整理せよ」という強い圧力がかかりました。
カナダのコンビニ大手「アリマンタシォン・クシュタール」からの買収提案なども話題になりましたが、結局は創業家によるMBO(マネジメント・バイアウト)構想も資金調達の難航から頓挫するなど、経営の方向性が定まらないまま時が過ぎていきました。
投資家が注視すべき「正念場」のポイント
ようやくイトーヨーカ堂の切り離しが決まり、2025年からは初の外国人トップであるデイカス氏がCEOに就任するなど、体制は一新されようとしています。
しかし、未だに「リーダーらしいリーダー」がいるのかという点については未知数です。
セブン-イレブンが日本で成功したのは、鈴木敏文氏が毎週、全国のオーナーを集めて会議を行い、地道な努力で「セブン流の考え方」を叩き込み、一種の宗教的とも言える強い文化を作り上げたからです。
これを価値観も文化も異なる北米で再現しようと思えば、当時以上のエネルギーが必要となります。
単に「フランチャイズを増やせば儲かる」という単純な話ではありません。
セブン&アイは、日本が世界に誇るシステムと文化を持った素晴らしい企業であることは間違いありません。
しかし、そのポテンシャルを再び解き放てるかどうかは、まさに今が正念場です。
国内の「コンビニ離れ」にどう打ち手を講じるのか、そして北米で「食の輸出」を本当にやり遂げられるのか。
不透明感は依然として強いですが、この巨大なインフラが新しい時代に即した形に生まれ変われるのか、投資家としてその熱量と実行力を冷静に見極めていく必要があります。
YouTubeでも詳しく解説しておりますのでそちらもぜひご覧ください。
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