今難しい局面に立たされている業界があります。それは損害保険業界です。
つばめ投資顧問ではこれまで損害保険大手3社(東京海上、MS&AD、SOMPO)の企業分析を行ってきました。
この業界最大のリスクは大規模な自然災害の発生です。しかしそれに加えて、コンプライアンスのリスクを考えなくてはいけないニュースが出てきています。
カルテルとビッグモーター事件で揺れる損害保険業界にどのような影響があるのか、なぜ起こったのか、投資家目線で考えてみましょう。
目次
カルテルの疑惑
まずは一つ目の不祥事、企業向け保険のカルテル疑惑です。
23年6月19日(月)、国内損害保険会社の大手3社(東京海上HD、MS&AD HD、SOMPO HD)が、私鉄グループの東急と仙台国際空港に対して保険料を割高に請求するよう、相互に連絡を取り合い、火災保険料を割高に請求している可能性があることが報道されました。
本来、企業が支払う保険料は、過去の支払い保険金などの履歴から総合的に判断されるものです。例えば東急は、過去の保険金支払いは相対的に少なく、優良企業とされるはずでした。
しかし、大手3社から提示されたものは、過去の実績からはかけ離れた割高な保険料、かつ3社が同じような保険料でした。
これに違和感を持った東急が、不適切な行為の有無を東京海上に確認したことで今回の不祥事が発覚しました。各損保の東急を担当する営業マン同士が、スマートフォンのメッセージなどで情報を共有し合い、事前に保険料の水準を調整していたカルテルの疑いがあるようです。
この行為は独禁法違反の優越的地位の濫用、その他保険業法違反に当たる可能性があると指摘されています。
23年8月7日から公正取引委員会の任意調査が始まり、少しづつその全貌が明らかになるでしょう。
原因は業界の寡占
なぜこのようなことが起きたのでしょうか?
背景には、寡占状態の損害保険業界の特性が関係していると考えられます。
企業向け保険のシェアは、大手3社で9割を占めています。
その中でも特に、大手企業の保険受け入れは保険金支払いが巨額になることがあるため、複数の保険会社で分担して保険を受けることが一般的です。
その際、中規模以下の保険会社では保険金支払いのリスクを負えず、自然と大手損保に保険加入をを頼まざる得ない状況になるのです。本来であれば、損保側は少しでも契約を伸ばそうと、保険料の値下げ競争などを仕掛けるはずです。
しかし、今回のように、大手3社に「東急さんの保険料はこれくらいで」と手を結ばれては、会社側に選択肢はありません。このような寡占状態が、今回の不祥事の原因の一つだと考えます。
これが一つ目の不祥事、損保業界の全体に広がるカルテル疑惑です。
ビッグモーターと損保ジャパン
そしてもう一つの不祥事の可能性、ビッグモーターと損保ジャパンの癒着です。
実はこの問題、非常に根が深いものです。そしてあなたの自動車保険に悪影響がある可能性があるものですから、時系列で解説します。
ことの発端は21年秋まで遡る
連日メディアに取り上げられているビッグモーター事件ですが、ことの発端は2年前です。2021年秋、損保各社に向けて「上司の指示で過剰な自動車の修理を行い、その費用を保険会社に請求している」と内部告発があったことです。
そして、東京海上日動保険・三井住友海上火災保険・損害保険ジャパンの3社はビッグモーター側にサンプル調査を実施。全国33の工場のうち25の工場で水増し請求を行っていたことが確認されました。
その後、ビッグモーター側へ自主的な調査を要請し、サンプル調査の内容をもとに、関東4つの工場で水増し請求が発覚したのです。
しかし、問題はここからです。この後の追加調査が行われなかったのです。
損保ジャパンの怪しい動き
ビッグモーターの自主的な調査では、水増し請求の原因は「工場と見積もり部門の連携不足や現場社員のミス」「意図的ではない」などとしています。つまり、組織的な不正はないという姿勢です。
あなたが損保会社の人間ならどう考えますか?おそらく
「33分の25の工場で余計な保険金請求をしているのに、現場のミス?組織的に不正しているだろ!もっとちゃんと調べろ!」となるのではないでしょうか?
しかし、1社だけ「現場のミスで意図的ではないのね。再発防止策も実施しているのね、了解。」とビッグモーター側の主張を鵜呑みにした会社があります。それが損保ジャパンです。
これが22年7月あたりの話です。その後、ビッグモーター内部で「東京海上と三井住友海上の自賠責保険は扱わない」という旨の通知がありました。
従って、損保ジャパンにとっては、「自動車保険の販売代理店であるビッグモーターの自賠責保険を総取りする」ような時期があったのです。ビッグモーターもうるさい保険会社とは関わらない、といった意図が見えますね。
しかし、22年9月に入り、他社のヒアリング調査によって組織的な不正の疑いが強まってくると損保ジャパンは「やはり再調査が必要だ」という姿勢に変わっていきます。
ここで方向転換をするにはこれまでの姿勢と辻褄が合いませんね。
メディアに取り上げられ世間の話題に
さて、このような状況の中、23年5月のFRIDAYの記事や23年6月の調査報告書が公開されたことにより、一気にメディアに取り上げられます。
ヘッドライトのカバーを割る、ゴルフボールを靴下に入れて振り回しひょうの被害で受けた傷の範囲を拡大させる、店の前に除草剤を撒く、元社長の不誠実な謝罪会見、などが注目されていますが、私たち消費者が気にするべき本質な問題はここではありません。
それは中古車販売業界や損害保険会社を、本当に信用していいのか?という問題です。
なぜならば、損保ジャパンはビッグモーターの第2の株主であり、ビッグモーターへ出向者を出しながらも、このような現場を黙認していた可能性があるのです。さらに先に説明したように、この騒動を早めに終わらせようという姿勢も垣間見えました。
そして騒動の本当の被害者は、過大な保険金を請求された保険会社や除草剤を撒かれた自治体ではなく、我々自動車保険に加入する一般の消費者やビックモーターで修理を行った人なのです。
最終的にあなたの自動車保険がに影響が…
保険業界は「収支相等の原則」と言って、保険料の総額と予定運用益の総額が、保険金の支払い総額と予定経費の合計に一致するように保険料が算定されています。
つまり「入るお金と出るお金が一緒になる保険料設定」という原則があります。
しかし、ビッグモーターのように意図的に保険金を多く支払う事案があると、当然我々が支払う保険料の額も、余分に高くなるのです。
本当に闇が深いのは、この事案はビッグモーターと保険会社の両方にとってメリットがあり、皺寄せは全て消費者にくる点です。ビッグモーターは保険金収入によって売上が上がり、保険会社にとっては利益額がかさ増しされます。その増加分を支払うのは我々消費者です。
現在は国土交通省や金融庁の調査が入っている段階になっていますが、この事案は損保会社の信用問題なのです。
これがビッグモーター騒動と保険会社(主に損保ジャパン)の関係性なのです。
業績に与える影響はまちまち
さて、一度冷静に投資家目線で損害保険会社に与える影響を考えましょう。
まず、一つ目のカルテル行為ですが、今回が初めてではありません。1994年にもカルテル行為があったとして、各社に20億円前後の支払い請求がありました。
一方で、23年3月31日時点の各社の現金保有状況は
東京海上 8,700億円、MS&AD 2兆7,000億円、SOMPO 1兆2,500億円です。
従って、財務状況から考えるとそこまで大きなインパクトを与えるものではないと考えられます。
ビッグモーターについては、損保各社が水増し請求分を返金するよう請求しています。そして不要な修理のため事故認定され、保険料が割高になった被保険者に対しては、適切な保険料に戻すための手続きを行う予定です。従って返金もあれば、保険料の引き下げもあり、業績に与える影響はまちまちです。
しかし、自動車保険の代理店であったビッグモーターと契約が終了するため、今後の自動車保険契約数についてマイナスの影響を与えることも考えられます。
各社はこの騒動に対してなんと言っているのでしょうか?
東京海上
過去3年間でビックモーターに関わった全ての事案について顧客に連絡する。全容の解明には一定の時間を要するため、安心して車に乗れるよう様々な策を検討している。
三井住友海上
過去5年間のビックモーターで行った修理に関して調査を開始している。不正請求が認められた顧客に対しては正しい支払い保険金の案内を行い、自動車保険の等級の訂正などを案内する。
SOMPO
過去3年間のビッグモーターで行っていた修理に関して調査している。自動車保険の等級の訂正と返金手続きを行う。
損害保険会社はPBRの1倍割れの銘柄として、割安感から株価は上がっていましたが、ビッグモーター騒動によってやや下落しました。
出典:Yahoo!ファイナンスより作成
しかし、本当の問題は損保業界の信用問題です。金融機関が成立する前提の、コンプライアンスリスクが高まっている、と認識するべきです。
今から損保に投資するのはアリ?ナシ?
いかがでしたでしょうか?
カルテルとビッグモーターの二重苦である損保業界の解説を行いました。最後のまとめとして、今から投資をしていいのかを考えていきたいと思います。
そもそも損害保険のビジネスモデル自体は基本的に安定感があるものです。収入の保険料もストック収益性が高く、安定した収入源となります。
回収した保険料に対して一定の確率で保険金の支払いが発生する、計算の世界です。
しかし、その計算違いだった、が起こり得るのが自然災害などの突発的なリスクです。今回の騒動によってどのようなリスクが出ているのでしょうか?
割安感が出ているが…
先ほども述べたように株価は下落しており、損保業界へ投資する魅力の一つである配当利回りは上がっています。クレバーな投資家であれば、買いのチャンスと考えることもできるでしょう。
さらに特に東京海上とSOMPOは海外保険に強みがありますから、国内のドタバタによる業績の変動は限定的、と考えることもできます。これがある意味、論理的に考えた場合だと思います。
しかし、今回の騒動で長期的な影響が出る可能性もあります。例えば、損保業界へのブランド価値の毀損やビジネスモデルの見えない腐敗などが指摘されることも考えられます。
従って、今後は信用の失墜に加え、規制の強化や市場の混乱、手続きの煩雑化などによって損保が事業を行いづらくなる可能性もあるでしょう。投資家としてこの辺りのリスクを考えておくべきです。
追加の悪材料が出る可能性
そして目先の最大のリスクは、今損保業界にメスが入っているという事実です。
開ければびっくり、あんな不正やこんな疑惑が出てくる、そういった可能性がある局面にあると考えます。
従って割安感が出てきたとはいえ、今すぐに投資する必要はないと思います。悪材料が出尽くし、心理的にも論理的にも損保業界の不正が落ち着いた時点で投資することを考えるべきでしょう。
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損保のさらに詳しい解説は以下の記事をご覧ください。
執筆者
佐々木 悠(ささき はるか)
つばめ投資顧問 アナリスト 1級ファイナンシャル・プランニング技能士
東北学院高校、東京理科大学経営学部卒業。
協同組織金融機関へ入社後、1級ファイナンシャル・プランニング技能士を取得。
銀行勤務時は投資信託を用いた資産形成提案や多重債務者への債務整理業務に従事。
2022年につばめ投資顧問へ入社。
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